心の傷はアネモネ
屋内対人戦闘訓練が開始され、同ビル地下モニタールームにオールマイト及び出番を控えた面々は揃っていた。モニターには既に勝己と緑谷の激しい戦闘が映し出されている。
「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねえな」
「小型無線でコンビと話してるのさ!」
口の動きからして何やら話しているのは分かるが、カメラに音声が付いていない為に会話の内容は分からない。分かるのは勝己が爆破の個性をフルで使用しているのに対し、緑谷は一切個性を使わずに対峙しているという事だ。
「すげえなあいつ!!“個性”使わずに渡り合ってるぞ、入試一位と!」
其れが余計に勝己の神経を逆撫でする事を知っていたから、は気が気でなくなっていた。故に勝己が大技を使ってビルの壁面を吹っ飛ばした事も何となく“やりかねない”と思っていたし、むしろもう緑谷は勝己に殺されるんじゃないか、なんて考えて血の気が引くのだ。なのに。
『ヒーローチーム、WIIIN!!!』
ビルに響き渡るオールマイトの訓練終了の合図。モニターに映るのは核を回収した麗日と、放心する勝己、そして両腕を酷く損傷した緑谷が倒れた所だった。
「負けた方がほぼ無傷で勝った方が倒れてら…」
「勝負に負けて試合に勝ったというところか」
「訓練だけど」
緑谷が最後に見せた力は確実に個性だ。今迄無個性だと思っていた緑谷に個性があった事は勿論驚きなのだが、其れ以上に、何より先ず。
「(かっちゃんが、負けた…)」
其の事実に衝撃を受ける。そしてモニターに映る惨状にも。
「(あんな、血だらけに…)」
痛いなんてものじゃないだろう、変色した両腕。気を失ったのか動かなくなった緑谷に思わず視線が落ちた。軽い気持ちで誰も此処に居ない事に気付くのだ。誰も“ああなった”緑谷を心底心配している人間はいない。自身も“ああなる”可能性に誰も怯えていないのだ。だけが“ああなる”覚悟を持ち合わせていなかった。其れは本気でヒーローを目指している者と、資格取れれば役に立つかもという軽い気持ちの差なのだろう。其の差を改めて突き付けられた気分だった。
「?顔色悪いぞ、ホント大丈夫か?」
「そうか、緑谷少年と爆豪少年は少女と面識があったんだったな」
不意に隣にいた切島に心配されてが顔を上げると、聞こえていたのか歩み寄ってくるオールマイト。其の言葉に素直に驚いて画風の違う彼を見上げれば、口元は笑みを浮かべているものの、何処か複雑そうな難しい表情をしたオールマイトが、そっとの肩に手を置いた。
「あの事件の時も一緒に居たくらいだ、親しい二人の激しい戦いは少し刺激が強すぎたのかもしれない。具合が悪いなら座って休んでいなさい!」
キラリと光りそうな歯を見せて笑い、グッと突き立てられた親指。どうやら心配されているらしいのだが、其れよりもオールマイトの言葉に引っ掛かりを覚えては思わず問うのである。
「ヘドロ事件の事、覚えてたんですか…?」
「そりゃ勿論さ!」
あの数分だけの関わりを、この皆が憧れるヒーローは覚えていた。なんて事ない、覚えていた、其れだけの事なのに何故か嬉しくて、そして凄いなと、本当にこの人は凄い人なんだと漠然と思ったのだ。
「、あの二人と仲良いんだな。意外だ!」
「仲良い…のかな、唯の幼馴染だよ」
ガラの悪い勝己と、大人しく地味な緑谷、そして教室でも静かに一人で過ごしがちなの3人にはどうも接点がある様に見えないらしく、繋がりがある事に驚きを示す切島に小さく笑って答えた。そうこうしてる間にモニタールームに戻ってきた勝己、麗日、飯田(ガンダムはそういう名前らしい)に講評が始まる。
「まあつっても…今戦のベストは飯田少年だけどな!!!」
「なな!!?」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
「何故だろうなあー?わかる人!!?」
「ハイ、オールマイト先生」
真っ直ぐ挙手をしたのは目のやり場に困るダイナマイトボディの美女だった。美女、改め八百万ははっきりとした声色で、すらすらと述べるのである。
「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたから。爆豪さんの行動は戦闘を見た限り私欲丸出しの独断。そして先程先生も仰っていた通り屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様の理由ですね。麗日さんは中盤の気の緩み、そして最後の攻撃が乱暴過ぎたこと。相手への対策をこなし且つ、“核の争奪”をきちんと想定していたからこそ飯田さんは最後対応に遅れた。ヒーローチームの勝ちは訓練だという甘えから生じた反則の様なものですわ」
八百万が全てを言い切った頃には皆が言葉を失って静まり返っており、何とも言えない空気が流れる。
「まあ…正解だよくう…!」
「常に下学上達!一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」
思った以上に言われたからか、小刻みに震えながら親指を突き立てて頷くオールマイトに八百万は腰に両手を当てて堂々としている。何でも推薦入学者らしい彼女はかなり頭が良さそうで、の脳裏に才色兼備の文字が過った。
「ビルの破損があるから隣のビルに移動して二戦目を始めようか」
そう告げたオールマイトに皆が移動を始め、は其の最後尾につき、そっと横目で勝己を盗み見る。心ここに在らずといった風に放心している勝己は、今までは一度だって見た事の無い姿だった。
「ー、行こー!」
「うん」
立ち止まったままのを芦戸が呼び、は視線を勝己から芦戸に移して笑みを作った。
二戦目の戦いは“凄かった”。推薦入学者の轟が氷の個性で一人で制圧してしまったからである。一種の出来事と言っても過言では無い其れに誰かが最強だと言った。もそう思ったのは言うまでもない。
「次は私達だね!がんばろ!」
「足引っ張っちゃったらごめんね…」
「そんなの気にしない気にしない!」
「(芦戸さん、めちゃくちゃいい子だ…!)」
次いでオールマイトが引いたくじはヴィランがFの砂藤と口田で、ヒーローがEの芦戸とだった。指定されたビルに向かい、先に入って準備を始める砂藤と口田。ビルの外ではと芦田は会話しながら突入時間が来るのを待っていた。
「潜入どうする?」
「砂藤くんはパワー型っぽいよね…?体力テストで握力凄かった様な…」
「筋肉ムキムキだしね!」
芦戸が本題を切り出し、は昨日の体力テストで砂藤の出した記録を思い出す。丁度の後ろで測定していたから見えたのだ。芦戸は徐に人差し指をに立ててみせると、ぶわりと出てくる粘液の様な其れには「おお、」なんて可愛げの無い声を出して其れを見つめた。
「私の個性は“酸”なんだけどは何なの?」
「私はすり抜けたり…」
「じゃあ余裕じゃん」
「え?」
にやりと芦戸が笑った。