心の傷はアネモネ




訓練開始時刻になってオールマイトの合図と共にビルの中へと潜入すれば、芦戸は笑顔で「適当に暴れとくから後はよろしくー!」と足元を酸で滑らせて瞬く間に闇の中へと消えて行った。は芦戸に事前に指示された通り、己に任された仕事を達成する為、周囲を警戒しながらビルの奥へと進み核を探す。暫く歩き続けると開けた照明のついた明るい空間に出て、其処には砂藤が待ち構えていた。


「芦戸が来ると思ってんだけどな。が一人で来るとは思わなかったぜ」

「私も心細いから芦戸さんと行動したかったんだけどね…!」

「けど女だからって手加減はしねぇからな!」


かなりタイトなスーツコスチューム故に、筋肉の盛り上がるラインは砂藤がどれだけ身体を鍛え上げているのか分かる。核を背後に拳を握って一直線に向かってきた砂藤は体格の割には素早く、は反射的に個性を発動するのだ。


「こっわ…、!」

「な!?」


自分の腹部を貫通する拳に情けない声が漏れた。本当に容赦ない。あの筋肉もりもりの助走付き右ストレートを腹に受けたら嘔吐だけで済む訳が無いだろう。動揺する砂藤を尻目に鈍足ながらも懸命に足を動かしては核へと一直線に走った。


「通り抜けた!?“透過”の個性か!?」


背後で砂藤が咆哮し、振り返りは襲い来るであろう追撃の拳に備えれば、砂藤の拳は決してを掴む事は無く、肩から腰へと通り抜けるのだ。


「こんなの…どうしようもねぇじゃねえか!!」


殴る事も掴む事も出来ない、全てが通り抜けてしまう個性を前に、砂藤は打つ手がなく唯叫ぶしかない。其の間に核との距離を0にしたは核を両手で触れながら少しばかり大きな声で言うのである。


「確保、!」

『ヒーローチーム、WIIIN!!!』


同時に機械越しで聞こえるオールマイトの声。訓練終了にほっと胸を撫で下ろせば近くに居たのか芦戸が駆け足でやって来るのが見えた。その後ろには顔色の悪い口田がいるあたり、芦田と口田は交戦していたのだろう。


「やったねー!」

「砂藤くんの拳速すぎて凄い怖かった…!」

「くっそー!そんな個性ズリィだろ!」


芦戸にハイタッチを求められ、乾いた音を立てて合わさる手と手。まだ恐怖から心拍の早い心臓に情けない声を出せば、悔しがりながらも何処か晴れ晴れとした様子の砂藤に四人は集まってモニタールームへと移動するのだ。



















ヒーロー基礎学は最初こそかなり心配していたが、体力テストとは違い相性が良かった事もあって無事に難なく終える事が出来、は心底安心するのである。本日全ての授業を終えた放課後、は未だ自身の席に座っていた。緑谷が心配で一目見てから帰ろうと、彼が保健室から戻って来るのを待っているのだ。


「なーなー、

「?えっと…」

「上鳴。上鳴電気な」


緑谷を待っていると掛けられた声に振り返れば、金髪の男子が誰も座っていないの前の席に座る。そして、にぃ、と口元に弧を描いた上鳴は人差し指とと自身を指差した。


「あのさ。多分俺達、入試の時一緒だったよな?」

「え…?そう…かな…?」

「覚えてねぇかな?俺あん時ショートしちゃってさ、全然会話になって無かったんだけど…。0ポイント仮想敵から助けてくれたの覚えてねぇ?」

「仮想敵…」


記憶を遡り、上鳴の姿を探すがどうも見つからない。基本的に一人で行動していたし、0ポイント仮想敵と遭遇した時も、同じ言葉しか繰り返さない変な人以外とは接触していないのだ。と、そこまで振り返り気付くのである。あの変な男子、顔どころか骨格も違うが、上鳴と同じ髪色で髪型をしていた事を。まさか、と目を見開いたに、肯定する様に上鳴は笑みを深めた。


「ウェ〜〜〜イ!?」

「そう!あれ俺!」

「ああ!覚えてる!」


驚きのあまり興奮気味に答えたに上鳴は満足そうに一度笑うと、両手を顔の前で合わせると軽く頭を下げてまた笑うのである。


「あん時はありがとな!ずっとそれが言いたくてさ」

「ううん!でも凄い偶然だね、入試も一緒でクラスも一緒って」

「それな」


雄英に合格するとは露ほどにも思っていなかったからすれば、あの時の関わりのあの時限りのものの筈だったのに、今ではクラスメイトなのだ。人生何が起きるか分からないもんだなー、なんて笑みが零れた。


「なー、。今度飯行かね?入試ん時の礼も兼ねて奢るからさ。何好きなん?」

「んー…」


何が好きかと問われれば、頭に浮かぶのはクッキーだ。けれどきっと上鳴の言う好きなものは、お菓子の類では無いだろう。何が好きか、答えに悩んでいれば扉の開く音が聞こえては其方に目を向ける。緑谷かもしれないと思ったからだ。


「おい待てって爆豪!」


けれど扉が開いたのは緑谷が戻って来たからでは無くて、勝己が出て行ったからだった。切島の制止も聞かずに教室を後にした勝己には目を逸らし再び上鳴を見るのである。


「イタリアンとか結構好きだよ」

「んじゃ美味い店リサーチしとくな」

「楽しみにしてる」


連絡先教えてよ、と上鳴がスマートフォンを取り出せば、断る理由もなくてもスマートフォンを手に取り画面を操作する。連絡先を交換した所で扉が開く音が聞こえ、は再び其方を見ると其処には漸く目当ての人物がいた。


「おお緑谷来た!!!おつかれ!!」


切島を先頭に何名かが取り囲む様に緑谷の周囲に集まり、も席を立つと上鳴に断りを入れて其の輪の中に加われば、腕を吊るした緑谷と目が合う。


「いっちゃん!」

!」


吊るされた右腕と、包帯ぐるぐる巻きの左腕。決して軽傷とは言い難い有様に表情が曇ったのか、緑谷は明らかに困っていたのでは慌てて笑みを取り繕うのだが、上手く笑えている自信は無かった。


「大丈夫?」

「ちょっと痛いけど大丈夫だよ」

「そっか…」


保健室にはリカバリーガールが居るらしいので、処置は完璧の筈だ。心配は不要なのだろうが、それでも心配はしてしまうものである。そして何となく気まずい空気が流れた所で、覚悟を決めた緑谷は思い切って自らに声をかけるのだ。


、あの…!」

「…個性のこと?」


口籠る緑谷に、きっと個性の話だろうと推測したが切り出せば、当たりなのか、きゅっと口を噤んだ彼には同じく一度口を噤み、そして緑谷に個性の話を切り出されたら言うと決めていた言葉を並べるのだ。


「いっちゃんに個性があったなんて知らなかったよ。良かったね」

「えっ、あ、うん…!」

「かっちゃんなら、さっき帰ったところだよ。急いだら追い付くんじゃないかな」

「!!ちょっと行ってくる!ありがとう!」


さりげなく話を勝己にすり替えて、慌ただしく出ていった緑谷を見送る。緑谷は意味も無く嘘を吐くタイプじゃない。勝己やに今まで無個性だと偽り続ける理由も無い。何か理由があるのは明白で、きっと其れは言えない事なのだろうとも思っていた。じゃなければ、緑谷はきっとすぐに話してくれただろうから。だからは決めていたのだ。少しでも緑谷が個性について話し辛そうな素振りを見せたら無理には聞かないと。いつか彼から教えてくれる日が来るのを待つ事にしたのだ。


「(私の個性も、ちゃんと言ってなかったし…)」


其れは、唯言うタイミングが無かったのと、無個性である事に大きなショックを受けていた彼に個性の話を振るのが出来なかったから言わなかった様なものなのだが、隠していたと言われれば実際そうとも言える事実に対しての、ちょっとした詫びでもあった。









inserted by FC2 system