心の傷はアネモネ
高校生活は多忙の極みだった。ついていけない座学に毎日予習と復習を繰り返し(勉強大嫌いなのに!)(でも留年は怖い!)ヒーロー基礎学に関してはどうにもならないので、授業内容が兎に角自分の個性と相性が良いものが来る事を毎回祈るのだ。あの体力テストの時の相澤の目がどうも忘れられない。あの鋭い目がは苦手だった。相澤先生怖い。
「あ、悪ィ」
「ううん、大丈夫」
スマートフォンで洋服の通販サイトを見ていると机が揺れる。上鳴達と話していた切島が机にぶつかった所為だ。直ぐにズレた机を元に戻し、素直に謝罪を口にした切島に問題ないと軽く手を振れば、丁度校舎に響き渡る予鈴、午後0時50分。狙っていたかの様に時間ぴったりに教室に入ってきた相澤には速やかにスマートフォンをポケットに仕舞って背筋を伸ばした。
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった」
「ハーイ!なにするんですか!?」
「災害水難なんでもござれ、人命救助訓練だ!!」
RESCUEと書かれたカードを掲げた相澤に、途端私語が増えて一気に相澤の目付きが鋭くなる。皆が再び口を噤めば、相澤はリモコン操作で全員分のコスチュームが保管されている棚を出現させるのだ。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上、準備開始」
教室を後にする相澤に、各々が自身のコスチュームを手に取って同じく教室を後にする。体操服でもコスチュームでもどちらでも良かったは、緑谷以外皆コスチュームを着るらしい様子を見ると自身もコスチュームを着る事にし、女子更衣室へと向かった。直ぐ近くにある女子更衣室には既に着替えを始めている者も居て、は速やかに扉を閉めると自身のロッカーを開けるのである。
「さんってツインテールとシニヨンで結構雰囲気変わるよね」
「分かるー!髪の毛長いとアレンジいっぱい出来るから羨ましい」
「芦戸さんは髪の毛短いですものね」
手早くコスチュームに着替え、二つに結んでいた髪を下ろして一つに纏め直しシニヨンにすると、ブーツを履きながら麗日が言えば、着替えを済ませた芦戸が自身の髪を弄りながら笑った。そんな芦戸を見て微笑む八百万は相変わらずのダイナマイトボディ全開のコスチュームではさっと目を逸らす。消して貧乳と言うわけではないのだが、着痩せするのもあって八百万と比べるとかなり貧相な双丘が虚しい限りだ。
「ねね!ズバリ聞いちゃうけど!」
「え?何?」
刹那、透明人間である葉隠が高く挙手して発言すれば、隣にいた耳郎が肩を跳ねらして振り返る。葉隠は表情は見えないものの、声色からしてかなり楽しそうだ。
「うちのクラスで一番のイケメンって誰だと思う!?」
腰に手をあてがって問う葉隠に、女子トークだ!なんて思いながらロッカーの扉に着いた鏡で髪型を最終チェックする。特に問題もなく扉を閉めれば、葉隠の問いに芦戸が最初に答えた。
「やっぱ轟じゃない?普通にイケメンだよねー」
「個性も強力ですし」
「イケメンに個性関係なくね?」
同意する様に呟いた八百万にすかさず耳郎が突っ込みを入れる。確かに少し無愛想だが顔立ちは整っていたなあ、なんて轟の顔を思い浮かべながらは思うのだ。
「私爆豪も結構いいなって思うんだよね!黙ってたら!」
「爆豪ちゃん、口悪いものね」
「しかもいつも怒ってるし」
次いで出てきた名前に内心驚きもつつも、葉隠の挙げた勝己の名前に蛙吹がスーツに腕を通しながら言い、麗日が笑った。
「ちゃんて爆豪くんと緑谷くんと幼馴染なんだよね?やっぱ2人のどっちか好きだったり!?」
「ま、まさか!」
不意に話を振られ、驚きのあまり上擦った声が出て恥ずかしさに頬が赤くなる。しかしその点は気にしていないのか、葉隠は手袋をはめた指を残念そうに鳴らして嘆いた。
「幼馴染を好きになるって定番なのにー!」
「んじゃは誰推しなの?」
「「「(推し…?)」」」
芦戸に真っ直ぐ見られながらの問いに、ほんの少し考える。そして最初に浮かんだのは幼馴染でもクールな彼でも無く、彼の名前を口にした。
「切島くん…?」
「切島くんかー!隣の席だもんね、意識しちゃうね!ドキドキ」
「そんなんじゃないよ!?」
同じ茜色の髪と目をした、隣の席の男の子。体調を心配してくれて、机にぶつかったら謝って直してくれた男の子。其処に恋愛感情は無いのだが、やけに興奮した様子の葉隠には慌てて両手を振って否定するのだ。
「ただ優しそうだなーって」
「それで好きになっちゃったんだ?きゃー!」
「違うってば!!」
からかっているのだろう、楽しそうに笑う葉隠に顔を真っ赤にして叫ぶに場の空気が柔らかくなる。話の区切りも良く、皆着替え終えたのもあって更衣室を出れば丁度同じく切島が更衣室から出て来た所で。
「なんか顔赤くね?」
「っ何でもない!!」
ますます赤くなったのは言うまでも無く、後ろで葉隠と芦戸が笑っているのが聞こえた。
校舎を出た先には既にバスが停車しており、勿論其の傍には相澤の姿があった。バスの扉が開き一足先に乗り込んだ相澤に、素早く飯田が扉の傍に立ち誘導を始める。
「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう」
「飯田くんフルスロットル…!」
いつの間に用意したのか笛を吹きながら警備員宛らの誘導に感心したのはだけでは無いだろう。飯田の指示通りに番号順に並びバスに乗り込めば、どうやら想像していたタイプのバスでは無かった様でバス前側は電車の様な両端の向き合い型で、後側が想像していた両端に二席の中央に通路だった。
「ー、そこ空いてるよー?」
「芦戸さん…!?」
「お!、此処座る?」
前側の両端長椅子に座る芦戸が指差したのは、正面長椅子に座る切島の端である。明らかに更衣室での話を引き摺っている芦戸はとても悪い顔で笑っていて、そんな事を知る由もない切島はを見て座りやすい様にと隣のスペースを空けてくれるのだから、座らざるを得ない状況に芦戸を睨みながら切島の隣に座るのだ。芦戸は声には出さないが盛大に笑っていた。
「こういうタイプだったくそう!!!」
「イミなかったなー」
全員が乗車した事で発車したバス。項垂れる飯田を芦戸が笑った。そしてをちらりと盗み見てはまた笑みを深めるのだから、は芦戸に念を送るのである。せめてもの仕返し、バスを降りる時にでも躓け!と。
「(全然そんなんじゃないのに、こんなの意識しちゃうじゃん…!?)」
切島への恋愛的意味合いでの好意は無い。というのに妙に引っ付けたがる葉隠や芦戸の言動や行動は、が切島を“男”として見るには十分な効果を発揮していた。
「?どした?」
「なんでもない…」
「そっか?」
つい見ていたらしく、視線に気付いた切島が此方を見たものだから、は慌てて視線を逸らす。不思議そうにするものの気にしていないのか切島は深く追求はして来ず、は襟に顔を埋めた。
「私思った事を何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」
「あ!?ハイ!?蛙吹さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの“個性”オールマイトに似てる」
「そそそそそうかな!?いや、でも僕はそのえー」
とは反対側の切島の隣りに座る蛙吹が、突如緑谷に話を振れば、明らかに様子が可笑しい緑谷には少し冷静さを取り戻すのである。
「待てよ、梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるアレだぜ。しかし増強型のシンプルな“個性”はいいな!派手で出来る事が多い!俺の“硬貨”は対人じゃ強えけど、いかんせん地味なんだよなー」
「僕は凄くかっこいいと思うよ。プロにも十分通用する“個性”だよ」
切島が口を挟んだ事により、話は切島の個性に移ったのだが、の頭の中は未だ移ってはいなかった。
「(いっちゃんの個性、オールマイトに関係あるんだろうな)」
其れは只の勘だった。緑谷の性格上(というより重度のオールマイトへの憧れの的に)きっと先程の蛙吹の言葉には、歓喜するか萎縮するかの二択であった筈だ。しかし実際は動揺し、口籠った訳で、あんな慌て方は幼馴染のからすれば“不自然”でしかないのだ。
「プロなー!しかしやっぱヒーローも人気商売みてえなとこあるぜ!?派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ出すわ!!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだ様な性格と認識されるってすげぇよ」
「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
バスの中はいつの間にか盛り上がっており、彼方此方で会話が飛び交い、勝己の怒声に混じって笑い声が聞こえて来た。あの勝己がイジられている現実が衝撃で頭を抱えて震える緑谷を見ては笑うのである。恐らく同じ事を考えているだろうから。
「もう着くぞいい加減にしとけよ…」
「「「ハイ!!」」」