心の傷はアネモネ




バスが到着した先の光景に、文字通り空いた口が塞がらなかった。


「すっげーーー!!USJかよ!!?」


の内心を代弁してくれた切島に、他数名も共感した事だろう。アトラクションは一つだって存在しないが、ぱっと見どう見てもテーマパークそのものなのだから。


「水難事故、土砂災害、火事…etc.あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も…ウソの災害や事故ルーム!!」

「「「(USJだった!!)」」」


宇宙服の様なコスチュームを着たスペースヒーローである13号の説明に、半数以上が同じことを思ったに違いない。


「えー、始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…。皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は“ブラックホール”どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その“個性”でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」

「ええ…しかし簡単に人を殺せる力です。皆さんの中にもそういう“個性”がいるでしょう。超人社会は“個性”の使用を資格制にし厳しく規制する事で、一見成り立っている様には見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っている事を忘れないで下さい」


ここにいる数人は当て嵌まるだろう。勝己の爆破は勿論、緑谷の超パワー、麗日の無重力も使い方次第では簡単に人を殺せる。そういった強個性は使い方を誤ってはいけないのだ。


「この授業では…心機一転!人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さい。以上!御静聴ありがとうございました」

「ステキー!」

「ブラボー!!ブラーボー!!」


一礼をした13号に拍手喝采が起こり、13号を讃える声が彼方此方から聞こえる。勿論もその中の1人であり、13号に拍手を送っていた。


「そんじゃあ、まずは…」


13号の話が終わった事で、今迄口を閉ざしていた相澤が広場を指差しながら口を開いた時である。


「一かたまりになって動くな!!13号!!生徒を守れ!」


相澤の荒げた声に反応して、皆が相澤に振り返り、広場で何やら黒いモヤの中から続々と現れる人々に気付くのだ。皆が不思議そうに奴等を見ている中、だけが嫌な予感がして息を飲む。


「………っ」

「おい」


思わず後退した足に、背中が何かにぶつかり、斜め上から聞こえてくる聞き慣れた声。恐る恐ると見上げれば訝しんだ勝己の目と目が合って、は声を絞り出して小さく指差すのだ。


「…血、」

「…!」


指差した先には何十もいる続々と現れる奴等。其の中の誰を指差したか等、分かる筈が無いのに勝己は目を凝らして奴等を見る。そして一人、ガスマスクの様な物を付けた奴が大きな中華包丁の様な物を持っており、刃こぼれした其れには血が付着している事に気付くのだ。


「下がってろ」


肩を引かれて後ろに下がらされ、逆に勝己はの前に出る。其の背中の後ろでは震える手を抑え付ける様にぎゅっと握り締めた。


「何だアリャ!?また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

「動くなあれは敵だ!!!!」


の予感と勝己の推測が、相澤が敵と断言した事で確実なものとなる。


「敵ンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

「先生、侵入者用センサーは!」

「勿論ありますが…!」

「現れたのは此処だけか学校全体か…何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういうこと出来る“個性”がいるってことだな」


現れた敵達は真っ直ぐと達が居る階段上へと近付いて来ており緊迫した空気が流れる中、やけに冷静な様子で状況を把握する轟をは見ていた。


「校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割…バカだがアホじゃねぇこれは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」


危機と言っても過言では無い状況下で怯える様子もなく冷静に状況を見る彼が、とても同い年とは思えなかった。勝己の後ろで未だに震えが治らないに比べて、轟や、他の面々は何て強いのか。


「13号避難開始!学校に連絡試せ!センサーの対策も頭にある敵だ、電波系の“個性”が妨害している可能性もある。上鳴、お前も“個性”で連絡試せ」

「っス!」

「先生は!?一人で戦うんですか!?あの数じゃ幾ら“個性”を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号!任せたぞ」


上鳴に指示を出し、緑谷を言いくるめて階段を一気に飛び降り敵に突っ込んで行った相澤に釘付けになった。


「(あれが“ヒーロー”…)」


一対多勢、多勢に無勢。なのに臆する事なく果敢に挑む相澤は、ヒーローとして敵を捕縛する仕事を全うする為もあるのだろうが、きっと此の場合は生徒を守る為に一人乗り込んだのだろう。


「(無理だよ、ヒーローになんかなれない…!)」


一人で次々と敵を倒していく相澤は圧倒的な力の差を見せ付けるが、だからと言って安心出来ないのは敵の数があまりにも多いからである。13号の避難指示に従う為、一人戦う相澤から目を逸らしは引返す13号の背中を追った。


「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

「分析してる場合じゃない!早く避難を!!」

「させませんよ」


刹那、目の前に広がる黒いモヤに一瞬は呼吸を忘れた。嫌な汗が頬を伝い、行く手を阻まれ足が止まった。2つのモヤの切れ目がまるで目の様で、人の様なシルエットとなる其れは言う。


「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして、本来ならば此処にオールマイトがいらっしゃる筈…ですが何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…私の役目はこれ」


ほんの少しモヤが動きを見せた瞬間、の傍に居た影が動いた。瞬く間に飛び出した勝己と切島が各々の個性を持ってモヤに一撃を食らわせる。


「その前に俺達にやられる事は考えて無かったか!?」


腕を硬化した切島が、揺らめくモヤに向かって吠えるが、モヤは其処に絶えず揺らめいていた。


「危ない危ない…そう…生徒といえど優秀な金の卵」

「ダメだ、どきなさい二人とも!」


手を構える13号は直線上にいる勝己と切島に叫ぶが、後手となってしまった今、もう間に合わない。


「散らして嬲り殺す」


身を包む様に襲い掛かって来たモヤに視界を奪われた瞬間、感じた浮遊感は一瞬。再び足が地面に接触した感触を捉えた瞬間、は保身の為に個性を発動した。其れは痛みを感じた瞬間手を引く様に、目の前に何かが飛んできた瞬間目を閉じる様に、頭で考えるよりも先の反射的な肉体の動きだった。


「子供一人に情けねぇな」

「っ…!」


其れがの身を守った訳である。


「しっかりしろよ、大人だろ?」


吐いた息は白く、空気は冷たく肌寒い。正面には凍らされて身動きの取れない敵達、後ろを振り返れば右足から氷を放ったのであろう、轟が越しに敵を見据えていた。


「(あ、あっぶな…!)」


は自身の足元を確認すれば、勿論足元は凍っている訳で。顔面蒼白になりながら後退し、轟と敵達の間から退くと激しく脈打つ鼓動を聞きながら周囲を見渡した。先程の場所とは違い、土砂災害でも起きた跡地の様な場所である事から、モヤによって土砂ゾーンにワープさせられたのだろう。敵達も此処に居る事から、予め此処で飛ばされて来るのを待っていたのかもしれない。


「(轟くん凄すぎ…)」


飛ばされて来た瞬間、見えた敵に轟は直ぐさま個性を使い場を制圧したのだろう。其れはが見えていながら構わずに使ったのか、の方がワンテンポ遅れて飛ばされた所為で巻き込んでしまったのか、どちらなのかはは知る由も無いのだが、結論としては個性を使い自身が凍らされる事は防いだ事には変わりなかった。


「(“個性”もすり抜ける…か)」


完全に怖気付いた様子のを尻目に轟は一歩踏み出した。土砂ゾーンに飛ばされ迅速に周囲を見渡し敵を確認した後、敵達を無力化する為に右足から氷を放った瞬間、目の前に黒いモヤが現れてが出て来たのを轟は目にしていたのだが、放った氷を止める事は出来ず巻き込んでしまうな程度に思っていれば、氷はを凍らず所か、まるで其処に何も無いかの様にすり抜けて一直線に敵達を凍らせて行ったのである。


「(鈍臭い奴だと思ってたが…)」


体力テストではダントツの最下位で、これまでのヒーロー基礎学では一度だって積極的に個性を使っている所を見た事が無く、特に攻撃手段は無いのか何時も後手に回り怯えている様だった。座学の授業も教師に当てられると何時も口籠っているのだから勉強も苦手なのだろう。何でこんな奴が雄英に、しかもヒーロー科にいるのだと不思議になったのは言うまでも無い。


「(認識を改める必要がありそうだな)」


例え実践や座学が苦手でも、“個性をすり抜ける個性”は強力だ。其れを本人は自覚しているのかどうかは知らないが、もし今後彼女がその気になれば、きっと彼女は化けるだろう。と、其処まで轟は考えると其れっきりにして、思考を現状へと切り替えた。


「散らして殺す…か。言っちゃ悪いが、あんたらどう見ても“個性を持て余した輩”以上には見受けられねぇよ」

「こいつ…!!移動してきた途端に…本当にガキかよ…いっててて…」


余裕の無い表情を浮かべる敵達との距離を0に縮めた轟は、凍らされて身動きの取れない敵の目の前に腰を落とした。


「このままじゃあんたらじわじわと身体が壊死してくわけなんだが」

「…!」

「俺もヒーロー志望、そんな酷ぇ事はなるべく避けたい。あのオールマイトを殺れるっつう根拠…策ってなんだ?」

「し、知らねぇよ!アイツ等がオールマイト殺しを実行する役って事しか…!」

「本当に知らねぇのか?」

「本当だって!いててて…」


身体が壊死する事が恐ろしいのか、轟相手に勝ち目は無いと諦めたのか、敵の一人は簡単に口を割ってくれるのだが内容はかなり薄い。しかし嘘を言っている様には見えないのだから、本当なのだろう。


「行くぞ」

「…え!?」

「急げよ」

「!!?」


立ち上がり敵に背を向けた轟は一度を見て声を掛ければ、一瞬言われた意味が分からず固まったを尻目に走り出す。思わず後を追う様に走り出したは、元々の足や速さもあって、どんどん遠去かる轟の背中を必死に追い掛けながら考えた。


「(まさかさっきの場所に戻る…感じ…!?)」









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