心の傷はアネモネ




完全に息が上がり肩で乱れた呼吸を繰り返すが漸く轟に追い付いた時には、広場にて勝己がモヤを取り押さえ、オールマイトを掴む異形型を轟が凍らせ、手を沢山身体に取り付けた男に切島が殴り掛かるも空振りをした所だった。


「くっそ!!!いいとこねー!」

「スカしてんじゃねえぞ、モヤモブが!!」

「平和の象徴はてめェら如きに殺れねえよ」

「かっちゃん…!皆…!!…大丈夫…?」

「…大丈夫、じゃない…」


オールマイトを救うべく飛び出したものの勝己に持っていかれた緑谷が、涙を滲ませながら感極まった様子で駆け付けた彼等を見た後、後から遅れてフラついた様子で現れたを心配気に見つめて手を貸そうとしてくれるのだから、は何とか声を絞り出して緑谷の差し伸ばされた手を断ると、一度大きく深呼吸をしてから手男を見た。風貌からして明らかに異常者であり、敵感が半端ないのが率直な感想である。


「このウッカリヤローめ!やっぱ思った通りだ!モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる!そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!?そうだろ!?全身モヤの物理無効人生なら“危ない”っつー発想は出ねぇもんなあ!!!」


敵の出入口である個性を保有するモヤを地面に叩き付け抑える勝己は、身動きの取れない様子のモヤを見下ろして口角を吊り上げる。あの一瞬で弱点を暴くあたり、やはり天才だと思わずにはいられない。


「ぬぅっ…」

「っと動くな!!“怪しい動きをした”と俺が判断したら直ぐ爆破する!!」

「ヒーローらしからぬ言動…」


しかし其の形相や言動は極悪人そのもので、最早モヤと勝己のどちらが敵なのか分からない。


「攻略された上に全員ほぼ無傷…すごいなぁ、最近の子供は…恥ずかしくなってくるぜ敵連合…!脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」


敵のリーダー的存在なのか、手男がワープによって地中に埋まった様な体勢の異形型、改め脳無に指示を出せば、轟によって身体を凍らされているにも関わらず強引に身を起こし、肉体の右半分を粉々に砕かれながらも立ち上がった脳無に戦慄が走った。


「身体が割れてるのに…動いてる…!?」

「皆下がれ!!なんだ!?ショック吸収の“個性”じゃないのか!?」


砕け落ちる氷に包まれた脳無の肉片。痛みを感じていないのか叫び一つ上げない脳無は片足で立ちながら身体を小刻みに震わせた。


「(逃げなきゃ、)」


まるで千切れたトカゲの尻尾が再生する様に、失われた右腕と右脚が見る見るうちに再生される。周囲の騒めきといった音がどんどん遠くに聞こえていく中、手男の言葉だけがやけに鮮明に聞こえた。


「別にそれだけとは言ってないだろう。これは“超再生”だな」


内側から膨れ上がる様にして生まれる肉や繊維が元の形状を象るのを眺めながら、折角落ち着き始めていた鼓動が再び激しく脈打ち出す。


「脳無はお前の100%にも耐えられる様に改造された超高性能サンドバック人間さ」


脳無の腕と足が大まかな形をとり、指といった細かな所が形成され始める。


「(きっと“アレ”はオールマイトが何とかしてくれるから…逃げなきゃ、逃げなきゃ…!動け、動け足、動け…!!)」


頭の中に響く警報。今すぐ此処から駆け出して逃げたいのに、まるで重りでも背負っているかの様に身体が重くて、足が動かない。そんな動かぬ足に苛立っていると視界の端に映った金に一瞬、全ての思考が吹っ飛んだ。


「(あの人、“アレ”にかっちゃん倒せって言ってた…)」


嫌な汗が頬を伝い顎から落ちた。冷たい不快な汗が背中に流れる。まるで水面に落ちた雫が波紋を生む様に、其れは徐々にけれど確実にを支配した。


「(ヘドロ事件と一緒じゃない…!)」


分かっていて何もせずに見ているだけのこの状況は一年前のあの時と同じだ。きっと誰かが何とかしてくれる。そんな他力本願。あの時、に勇気をくれたのは、背中を押してくれたのは緑谷だった。


「何して…!?」

!?」


一年前のあの時に感じた事を今、また思う。誰かが、じゃ駄目なのだ。今、自分が出来る事を。精一杯出来る事を。


「下がるんだ少女!!!」


突如勝己の前、誰よりも前に飛び出して立ち塞がったに誰もが驚愕し動揺し、最悪を想像した。腕と足を再生した脳無が一直線に勝己、即ちに向かって地を蹴り一瞬にして間合いを詰めようとすれば、焦りを滲ませたオールマイトが飛び出し手を伸ばす。


「(届かんか…!」)」


僅かに足りない速度と距離、脳無の容赦ない拳が凄まじい速度でに襲い掛かる瞬間を奥歯を噛み締め見るオールマイト。此の場で唯一、脳無の動きが“見えていた”彼だからこそ、其の瞬間の全てが“見えていた”。


!!!」


木が薙ぎ倒されんばかりの爆風、其の拳の威力の凄まじさを物語る様な地面の抉れ。誰もがの最悪に備えていた中、拳の威力はまるで鏡に写した光の様に其の儘綺麗に脳無へと返り、一直線に脳無は背後へと吹き飛び砂埃を巻き上げながら吹き飛んで行く。


「ホーリーシットだ、少女…!!」


砂埃が晴れた先では体の大部分を損傷した脳無が“超再生”で肉体を再び再生させている。しかし皆の視線の先は脳無では無かった。


「あのパンチを“跳ね返す”とは…!!」


オールマイトが歯を見せて笑みを浮かべ、に向かって親指を突き立てる。其れを尻目には引き攣った笑みを浮かべると崩れる様に其の場に座り込んだ。


「ああ、十分だ。よく皆を守ってくれた。後は私に任せていなさい」


完全に腰が抜けた所為で身動きが取れず座り込んだまま、は頼もしい背中を見上げながら頷く。先程の爆風でモヤは勝己の手から逃れたらしくモヤは手男の傍らに居り、肉体の再生を終えた脳無もまた、手男の傍らに立ち並んだ。


「3体5だ」

「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた…!!」

「とんでもねぇ奴らだが俺らでオールマイトのサポートすりゃ…撃退出来る!!」

「駄目だ!!!逃げなさい」


やる気満々の轟、緑谷、切島、勝己に、すかさず許さないとばかりにオールマイトが制止をかける。が、彼等は素直に従うタイプでは無かった。


「…さっきのは俺がサポート入らなけりゃヤバかったでしょう」

「オールマイト、血…それに時間だってない筈じゃ…」

「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」


強く拳を握り、オールマイトはあくまで生徒である彼等を戦わせようとしなかった。そんな中、向こうも黙って待っている筈もなく、一斉に動き出すのだ。此方へと向かってくる手男に腰を抜かし座り込んだままのは思わず喉を引き攣らせるのだが、目の前に素早く現れた背中に少なからずほっとするのである。怖くて嫌いな筈なのに、途轍もなく頼もしい背中。


「おい来てるやるっきゃねえって!!」


向かってくる手男に備えて叫ぶ切島だったが、脳無を前にしたオールマイトの威圧に気圧されたのか飛び退く手男。そしてぶつかり合う脳無とオールマイトの拳と拳。


「“ショック吸収”って…さっき自分で言ってたじゃんか」

「そうだな!」


そして目にも留まらぬ速さで繰り出される連打。近付く事すら出来ぬ猛攻に誰もが目を奪われる。


「“無効”でなく“吸収”ならば!!限度があるんじゃないか!?私対策!?私の100%を耐えるなら!!更に上からねじ伏せよう!!ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!敵よ、こんな言葉を知ってるか!!?」


初めてがヒーローを見て鳥肌が立った瞬間だった。


「Plus Ultra!!」


オールマイトの右拳を腹部に受けた脳無が信じられない速度で吹っ飛び、USJの天井を突き破って空へと消えていく。消え去った驚異の一つに静まり返る場に立ち込める砂埃。


「…漫画かよ。ショック吸収を無い事にしちまった…究極の脳筋だぜ」

「デタラメな力だ…再生も間に合わねえ程のラッシュってことか…」


しみじみと呟く切島と勝己や、無言の轟や緑谷はプロの世界を痛感しているのだろう。そして手男とオールマイトが対峙するのを見れば、切島はに振り返り駆け寄ると手を伸ばすのである。


!立てるか!?」

「あ、腰抜けちゃって…」

「分かった!」


未だ力の入らない足に立てそうにない事を申し訳なく思いながら告げれば、嫌な顔一つせずに頷いた切島が其の場に片膝を付くのだ。


「流石だ…俺達の出る幕じゃねえみたいだな…」

「緑谷!此処は退いた方が良いぜもう!却って人質とかにされたらやべェし…主犯格はオールマイトが何とかしてくれる!俺達は他の連中を助けに…」

「緑谷」


移動を始めた轟と勝己に対し、身動き一つせずオールマイトを見つめる緑谷に切島が声を掛けるが、様子が可笑しい事に気付いた轟までもが足を止めて緑谷に振り返る。そして有ろう事か力強く地を蹴った緑谷が一瞬にしてオールマイトと敵との間に飛び込むのだ。


「な…緑谷!!?」


拳を握りモヤに突っ込んだ緑谷にが悲鳴にも似た声で彼の名を叫ぼうとした時、聞こえた銃声。飛び出しかけた言葉を飲み込み、音の聞こえた方へと勢い良く振り返れば、見えた光景にの目の前が霞んだ。


「ごめんよ皆、遅くなったね。すぐ動ける者を掻き集めて来た」

「1−Aクラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」


飯田が引き連れて来たのだろう、1年担当教員だけでなく、他学年担当であろう見覚えの無い教員や校長の姿まである。心強過ぎる援軍に心から安心した瞬間だ。


「あーあ、来ちゃったな…ゲームオーバーだ。帰って出直すか黒霧…」


黒霧も呼ばれたモヤの中に身を潜め撤退しようとする手男を逃がすものかと撃ち込まれる幾つもの銃弾。しかし物理攻撃無効のモヤには何の効果は無い。重体の身体に鞭を打って13号がブラックホールで吸い込み逃走を妨害するが、どうも敵達が逃げ切る方が早そうだった。


「今回は失敗だったけど…今度は殺すぞ、平和の象徴オールマイト」


そんな捨て台詞を吐いてモヤの中へと来てた手男と消滅するモヤ。敵達が引いた事により危機が去ったUSJ、は盛大に息を吐いて知らず知らずの内に力が入っていた身体の緊張を解くのだ。









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