「アインス、ツヴァイ、ドライ☆」


そんな合図と共に飛び出す紙吹雪や掌サイズの達磨や招き猫。白鳩が祝・候補生昇格おめでとう、と書かれた弾幕を掲げ、メフィストは集めた塾生達の前で合否発表を行っていた。


「無事全員候補生昇格…!おめでとうございまーす」

「お…おおおーーーしゃあーーー!!」

「よ…よかった!」

「やったー」


一瞬、其の盛大さに呆気に取られていた一同だが、言葉の意味を理解すると遅れながらも其々が喜びを露にし、安堵に胸を撫で下ろす。そんな塾生達の端の方で、雪男は頭の上に降ってきたカラフルなテープや、紙吹雪を払い落としていたのが、何処か場の空気と合わず可笑しく見える。


「フフフ…では皆さんの昇格を祝して…」

「おっ」

「お?お?」


メフィストは脱いでいたシルクハットを被り直すと、塾生達に期待をさせるような口振りをし、素直な塾生達は何だ何だと胸を躍らせて続く言葉を待った。メフィストは小さく笑い声を漏らすと、胸を張ってとても誇らしげに言うのである。


「このリッチな理事長である私が皆さんに…もんじゃをごちそうします☆」

「もんじゃかい!!」

「せめて焼肉!」


一斉に上がる不満の声。しかしメフィストは意見を変える事なく、結局焼肉案は不採用とされた。一向は連れられるままにメフィストの後に続いて校舎を出ると、どんどん人気が無くなっていく奥地へと向かって進んで行く。前方には昭和を感じさせる古ぼけた平屋があり、店頭にはもんじゃ焼きと氷の看板が掲げられていた。


「ええ感じの店やないですか!」

「そうか?」

「こういう古ぼけた店っちゅーのは、美味いって相場が決まってるやで」


店の外見に嬉々とする志摩の隣で、平然とした様子の燐が横目に志摩に尋ねると、志摩は鼻高々とそう言って足早に店内へと入って行く。続いて燐や、しえみ、勝呂に子猫丸と続々と店内へと入って行けば、メフィストは店の主人に勝手にメニューをオーダーすると、自身はさっさと表へと出て行くのだ。何時の間にか真っ白な衣服から浴衣に着替えたメフィストは、店の前に備えられた長椅子に一人腰掛けながら、団扇を片手に扇ぎながらじんわりと汗ばむ夏特有の暑さに身を投じている。店内奥には塾生達がテーブルについて、目の前で焼かれている先程店員が運んで来た人数分のもんじゃ焼きを眺めていた。建物内ということもあり、熱せられた鉄板を囲むとなると、其処の気温はやけに高く感じた。


「お前が祓魔師ね…」

「うん!みんなの役に立つの!」

「…ケッ、戦えんのかよ」

「が…がんばるよ!」


隣同士で座る燐としえみは他愛の無い話をしながら、もんじゃ焼きが出来上がるのを待っている。其れを尻目に一番通路側の端に座っていたは一度店外へと視線を向けた。店の外では日除けも何もなく、日光を全身に浴びるメフィストと、其の隣に雪男の姿がある。雪男の事だ、大方ネイガウスの一件の事を話しているのだろう。


さんもラムネでええ?」

「いや、水で」

「どうせ奢りやねんからラムネにしとけや!」


隣に座る志摩が全員の飲み物を確認し、最後にに問い掛けるのだが、は其れに首を振って水が良いと訂正する。しかし、ケチと言えばケチなのか、呆れ顔で勝呂がラムネにしろと押すものだから結局水では無くラムネとなるのだ。実際、水でもラムネでも良かった為、拒否しなかったは再び視線を外で話す二人へと向ける。


「何処行くん?もう焼けんのに」


徐に立ち上がったに、鉄板の上で焼かれるもんじゃ焼きを指しながら志摩が言う。先程焼き始めたばかりだと言うのに、何処がもう焼ける様に見えるのだろうか。志摩の行動はただを引き止めたいだけの理由にしか見えず、は志摩を無視して何も言わずに席を立つ。遠ざかって行くの姿に、見るからに肩を落とす志摩を見て、燐は呆れた様に顔を歪めた。


「志摩ってさ、何でそんなにに構うんだよ」

「何でって…」


理解出来ないといった風に片眉を吊り上げて尋ねる燐に、志摩は首をほんの少し傾げる。何を言い出すかとかと思えば、そんな事。今更。答えなんて決まっているのに、何故聞くのか。そんな思いが過るのだが、一先ず志摩はとぼけて見る事にした。


「もしかして奥村くん、嫉妬ですか?」

「はぁ!?」


上擦った高い声に、吃る言葉。其れが図星を言い当てられて動揺したものじゃないと確信出来るのは、其の真っ青な顔色の所為だ。


「お、おまえっ!気持ち悪いこと言うなよ!」

「気持ち悪いまで言わんでも…」

「だって気持ち悪いだろ!は…なんつーか、家族みてぇなもんだし…姉ちゃんみたいな…」


そんな、姉と思ってた人に恋愛感情を。と、燐が想像すれば、まるで此の世の終わりでも見ているかの様な遠い目をして、真夏でジンジンと汗ばむ暑さの中、寒気を覚えて身体を僅かに震わせる姿は、とても異色を放っていた。


「…やっぱ、アレか?」

「アレ?」

「だから、その…アレだよ。アレ」


ほんのりと頬を色付けながら目を彷徨わせ、燐が志摩へと尋ねる。アレ、と称され隠された言葉を正しく志摩は理解をすると声に出して笑うのだ。言葉にして普通に聞いてくれば良いものの、燐はまだ恋話をする事が恥ずかしいのか、身内と思っている人間の恋模様だから、照れ臭そうにしているのが志摩にはとても新鮮だった。


「んー。でも、ほんまに惚れそう」



















一方、席を立ったは、まさか自分が席を離れてから志摩と燐がそんな話をしていた事など露程にも思っておらず、一直線にメフィストと雪男へと向かって歩いていた。


「先生ェ、ラムネでええですかぁ?」

「はい。じゃあラムネで」


足音を出来るだけ立たせず、ひっそりと進めば、丁度店内から雪男に飲み物を尋ねる志摩の声が上がり、店の外でメフィストと話をしていた雪男が笑みを貼り付けて店内へと戻って来る。


「………。」


雪男とが擦れ違う。目と目はしっかり合わさっているものの、其処に会話は無い。だが通じ合う、理解し合うものがあるのは、長年共に生活をしてきただけあっての事だ。


「私だ」


徐に携帯を取り出したメフィストが何処かへと電話を掛けて話す。蝉の鳴き声が響く中、其の会話はとても良くの耳に届いた。


「ネイガウスは私のいう通りに動いたが、やはり荷が重すぎたようだ。お前、今すぐ正十字学園へ来い」


誰を呼び付けているのか、其れはにも分からない事。ただ言えるのはメフィストの真後ろに立つに、メフィストが気付いていない筈が無いのだ。しかしメフィストは会話は続ける。


「ネイガウスに手引きさせる。詳しい事はまた後だ、いいな」


団扇を扇ぎながらメフィストは通話を止めない。わざと聞かせているのか、其れとも単に聞かれても何の支障も無いからか。メフィストの性格を思えば何方も有り得そうで真相は分からない。しかし何時迄も気付いていながら無視をされるのは癪で、はそっと顔を近付ける。


「誰と話してる?」


メフィストの携帯を押し当てる左耳とは反対の右耳に、静かな声で囁く。冷ややかで威圧的な声が出たのは偶々だ。メフィストは驚いた様なふりもせずに、にやりと口元を歪めると、携帯を下ろして楽しげな声色で言う。


「おやおや。盗み聞きとは感心しませんな」

「盗み聞きしなくても聞こえる」


下ろした携帯の通話を切り、服の中へと忍ばせたのなら、メフィストは団扇を手を休めて、顔をへと向ける。真っ直ぐとを見つめる視線には僅かに目を細めた。


「美しい」


とても澱んだ色を写しながら、メフィストは囁いた。其れは一種の狂気も俄かに感じさせる。


「凍える様な冷酷な瞳。彼の世を彷彿させる闇色の滑らかな髪。正に死を司る神だ」


卑しく歪んだ口元から溢れるものは決して褒め言葉の様には聴こえない。メフィストの瞳がを射抜く。暫しの沈黙が続けば、途端メフィストは表情を一変させ、普段と変わらぬ笑みを浮かべるのだ。


「いやはや、貴女の様な美しき人が迎え人となると…死に逝くことも悪くないとさえ思えますな」

「お望みとあらば送って差し上げるが?」

「冗談ですよ。私は未だやるべき事が残っている」


冗談を冗談で返し、先程までの緊迫していた空気が散る。しかし、意味深げに言ったメフィストの最後の言葉にが引っ掛かりを覚えたのは至極当然の事だった。ネイガウスの件は経緯や電話の会話を聞く限り、先ずメフィストの仕業に間違いは無い。次は一体何を企んでいるのか。謎の多い男の思考回路等、がそもそも理解出来る筈が無かった。


「そろそろええやろ。うおー、うまっそー!いただきまーす!」

「え…ちょ…待!!貴方達!…ここのチーズ豚モチもんじゃは私の大好物ベスト3なんですよ!!」


徐に後方、店内奥から聞こえてきた涎の音でも聞こえてきそうな浮き足立った声に逸早く反応したのは紛れも無いもんじゃを食べに来ようと提案し、勝手に全員のメニューをオーダーしたメフィストである。飛び上がり、店内へと駆けて行く慌ただしい背中に、つい呆れ顔になってしまうのは仕方の無い事だろう。


さんもこっちおいでーや!ほんまええ匂いやで」


ひらり、手を振って手招きする志摩には踵を返すと、湯気と香ばしい匂いを放つテーブルへと向かう。通路に面するテーブルの角を目一杯占領して、燐の手によって掻き混ぜられる鉄板の上で焼かれるもんじゃの姿に涙目のメフィストを押し退けながら、は元々座っていた志摩の隣へと腰掛けた。席には既にラムネが置かれていて、志摩が隣でにこにこと笑みを浮かべている。騒がしいテーブルの隅、ラムネに手を伸ばし喉へと流し込めば炭酸の泡が乾いた喉を潤わせた。










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