任務地である京都へと向かい、新幹線は加速はしても減速はせず唯走る。静かな車両には私語一つ無く、戯れていたクロもすっかり眠って鼻提灯をぶら下げ寝息を立てて居た。の隣に座る燐は落ち着かない様子で出雲を見ては視線を逸らし、また見てと何度も繰り返す。


「………。」


明らかに燐は出雲が気になる様だが、と出雲は知らん顔で燐に追求する様子は無い。京都までの道程も半分位迄は来ただろうか。窓の外の景色は建造物が殆ど無い緑溢れる自然の田舎の景色。


「お前…俺が怖くねーのか?」


漸く意を決して燐が小声で出雲に問い掛ければ、腕を組んで目を瞑って居た出雲が燐に振り返る。そして小馬鹿にした様に鼻を鳴らすのだ。


「…ハッ、アンタが?怖くもなんともないわよ」


強がりでも何でも無く、本心から出てくる言葉に燐は唖然とした。組んだ足を組み直し、出雲は落ち着いた声色で淡々と語る。


「あんたは知らないんでしょーけど、この世界に悪魔と人間の血縁者はざらにいるの!むしろ祓魔師には多いんだから」

「…そっ、そーなのか!?」

「一般常識よ」

「でも…じゃあ俺は…」

「…つまりあんたが問題なのはサタンの息子って事だけなのよ。騎士團だってサタンの息子が仲間に入るのが損か得か量りかねてるから、あんたを殺さないんじゃない。それだけの事よ」


燐の目を見ながら見解を述べる出雲は聡い。何処まで事実を聞いているのかは分からないが、話口調から見ても自論である事が窺えた。的を得た解釈は、正に正確に現状を的確に把握しており、同時に理解しているにも関わらずこうして燐の隣に自ら進んで腰を下ろす事が出来る出雲は本当に肝が座っている。そして出雲は視線を燐から其の奥に座るへと向ければ、は目だけを出雲へと向けるが、出雲はやはり怯える様子は見えず淡々と言葉を紡いだ。


「それに死神がサタンの息子にやけに肩入りしてんだから、余計にあんたを殺すって結論を簡単に出せないんじゃない。死神なんて今迄現れた事も無いみたいだし、未知で情報も無いに等しいけど伝承通りなら下手に反感を買う様な得策じゃないし。上も対応に困ってんでしょ」

「燐を護る為ならあたし何だってしちゃうよ」

「最早脅しね。そう言って上に牽制したわけ?」

「御明察」


おちゃらけてニヒルに笑えば呆れた様に半眼で見てくる出雲には窓枠に肘を置き頬杖を付いて口角を釣り上げる。の肯定に出雲は一度溜息を吐けば後ろに座る面々に対して聞こえる様に嫌味ったらしく喧嘩を吹っかけるのだ。


「たかがそれだけの事にバカみたいにいっちいち大騒ぎなんてしてられないわ!!」


後ろからは反論の言葉は無く、の後ろに座る勝呂は今頃不快に顔を歪めてるに違いない。容易に想像出来てしまうのだから可笑しくて、は喉を鳴らして笑った。出雲に対して好意も敵意も何の感情も抱いていなかっただが、此の瞬間、確かには出雲に好意を抱いたのだ。


「…まゆげ…!」

「まゆげ!?」


突如しんみりと出雲の特徴とも言える部位を口にした燐に、出雲は破顔し反射的に声を荒げて振り返るが、燐は全く気に留めず目をキラキラと輝かせるのだ。


「俺を励ましてくれてんのか…」

「は!?」

「やっぱお前っていい奴だな!」

「ちょっ、何でそーなんのよ!ちがうわよ!てゆうか何まゆげってアダ名!?あたしは神木出雲よ!」


気にしているのか特徴的な丸い眉毛を手で隠し、恥ずかしさに頬を赤らめながら短絡的な渾名を拒絶すれば、燐は穏やかな表情で出雲に笑みを向けるのだ。


「ありがとな、出雲」


真っ直ぐと感謝を向けられ、出雲の口から言葉が止まる。ただでさえ赤かった頬は更に赤くなって、そんな出雲には微笑ましく思いながら珍しく口を挟むのだ。


「照れちゃって可愛いね、出雲」


燐に乗っかり名前で呼んで、にこり。すると忽ち出雲は真っ赤な顔で眉間に皺が寄る程に眉を寄せれば車両内に響く程の大声で反発するのだ。


「………きっ…気易く呼び捨てにしないで!!!!」

「うるさい、そこ眠れないだろー」


二日酔いで眠りこけていたシュラが優れない顔色で出雲を注意する。しかし出雲は声のボリュームを下げはするものの、言葉を止める事はしなかった。


「あ…あたしは…!“サタンを倒す”だとか“友達”だとか!綺麗事ばっか言っていざとなったら逃げ腰の…臆病者が大ッ嫌いなだけよ!」


そして遂に、勝呂が我慢の限界を迎える。


「…黙って聞いとれば言いたい放題!!誰が臆病者や!」

「わっ」

「(五月蝿い…)」

「フン、じゃあ何なのよ」


勢い良く立ち上がった際、握った拳で強く前席を叩き付けた勝呂に、の椅子が揺れる。勝呂の介入に驚きの声を上げる燐は完全に蚊帳の外で、で頭上から降って来る怒声に耳が痛いと耳を抑えた。突っ掛かって来る勝呂に挑発的に鼻を鳴らす出雲に、今にも始まりそうな喧嘩に子猫丸と志摩が慌てて止めようと腰を上げ掛けた瞬間、酷く濁り、呻く様な怒声が飛んで来る。


「ゴル゛ア゛ッ」


言わずもがな、睡眠を邪魔されたシュラである。



















シュラに誘導され、候補生全員が移動させられたのは全席空席の五号車だった。椅子に座ろうとすれば即座に通路に並んで正座を促され、素直に従えば膝の上にずっしりと重みを与える囀石が置かれる。


「お前らは、囀石の刑に処す」


明らかに全員の気分が急降下し、項垂れる中、青筋を浮かべるシュラは仁王立ちで囀石を膝に乗せる候補生達を見下ろした。


「…なんでまた連帯責任なんですか?」

「皆で力合わせてつったろーが。京都までここで頭冷やしてろ!」


思い切って出雲が問えば、返って来るのはお叱りの言葉だ。踵を返し、隣の車両へと向かうシュラは扉に手を掛けながら、今一度候補生達に振り返る。


「いいか…?起こすなよ!!!!」

「必死やな!!」


赤く染まった血走った目、強く食いしばった歯は正に鬼其の物で、其の本気の様子に志摩は素早く突っ込みを入れる。荒々しくシュラが車両を後にし扉が閉ざされれば、五号車には居心地の悪い静寂に包まれた。


「何やろコレ。デジャ・ビュ…?」

「また用意がいいわね」


以前、囀石の仕置を受けて置き去りにされたのは合宿をしていた時だったか。こうなる事を予測していたのだろう、荷物の中に囀石を用意していた辺り用意周到だ。


「前も確か坊と出雲ちゃん喧嘩しはって…いや、ほんま進歩ないわ」

「…チッ」

「うるさいわね!」


笑いながら言う志摩の指摘に頬を僅かに赤らめて目を逸らす勝呂と出雲。何方も気が短く喧嘩腰で、似たり寄ったりの二人の背中を眺めながら、一番後ろに正座するは重く伸し掛かる囀石に溜息を吐いた。


「そ…そんな事より…先生は何で奥村君とさん置いていかはったん?もしも何かあったら…危ないやんか!!」


切羽詰まった様子で震える声を荒げる子猫丸は、燐とをそういう危険な目で見ている事を隠しもしない。前後を燐に挟まれる形で座る子猫丸は視線を彷徨わせて怯えていると、突如子猫丸の膝元に居た囀石が呻き声を上げて飛び上がる。そして垂直に落下したのならしえみの背中に伸し掛かり、しえみは其の場に倒れて背中をミシミシと圧力を掛けてくる囀石に苦痛に顔を歪めた。


「しえみ!!」

「う…っ」

「杜山さん!!」

「古い強力なのが混ざっとったんや…!はよ引き離さなどんどん重なって潰される!!」

「志摩、そっち持て」


予期せぬ緊急事態に皆は膝の囀石を下ろし立ち上がり、しえみの周囲に集まって勝呂が志摩に指示し囀石に手を掛ける。向かい合う様な形で勝呂と志摩が囀石を避けようと持ち上げるが、囀石はビクともせずにしえみの背を圧し潰す。


「……ふんぐ…ぐぐ」

「あああァアカンアカン腰抜ける!!」

「先生…霧隠先生呼んでこな…!」

「起こすな言うてはったけどな…」

「囀石って確か高温で燃やすか割るしかなかったですよね。杜山さん、ちょお辛抱してな…!」


シュラの手を借り様と提案する子猫丸に、たち去り際に強く念を押して出て行ったシュラを思い浮かべて勝呂が口籠もる。志摩は隠し持っていた錫杖を組み立てしえみの傍に立ち構えると、切っ先を囀石へと向けて突き刺した。


「硬!!」

「ダメか…」


が、下にしえみがいる事で全力で貫けない事もあり、囀石には傷一つ付く事も無く、甲高い音が立つだけだった。手の打ち様が無い現状の最中、しえみは囀石に苦しみ口籠った呻き声を上げ、其れが余計に皆を焦らせるのである。


「俺に任せろ!」

「…は!?」

「どけっ」

「おいッ」


周囲を押し退け、勝呂の制止も聞かず燐はしえみの前で膝を付くと囀石を両手で掴んだ。一気に持ち上げようと力を込めるが、サタンの血筋があって怪力の燐でも囀石はピクリとも動かない。


「…ぐ…くっ…」


動かぬ囀石に焦りが生まれ、燐の身体から青い炎が溢れ出す。炎は囀石諸共しえみも炎に包まれ、車両には悲鳴が響き、子猫丸が後退った。


「やめろ!!」

「わッ」


しえみの危険を察知し勝呂が燐の肩を引っ掴めば、炎が逃れる様に囀石が弾け飛ぶ。炎を纏う囀石は至る所に衝突しながら飛び交って、炎は座席へと燃え移り、車両は炎と黒い煙に包まれた。


「座席に燃え移った…!!」

「あかん、もう祓魔師を呼ぼう!!」

「待って!」

「!?」

「大事にしないで…!燐は暴れてないよ…この炎は…」

「杜山さん…」


此のままでは炎上してしまう車両に慌てて踵を返す志摩を、身を起こしてしえみが引き留める。其の訴えに志摩は足を止めると背が痛むのか立ち上がれなしえみを見つめ、出雲は魔法円の印された紙を握った。


「…この炎って確か聖水で消してたわよね。“保食神よ、成出給え”!」


手早く詠唱を唱え使い魔を召還すれば、何時もは二匹いる白狐がウケの一匹だけで、単体で呼び出された事にウケは出雲に首を傾げる。


《あれれ、今日はボクだけなんの用?》

「神酒を出して!あの炎を消すの!聖水じゃないけど、ものは試しよ」

《白狐使いが荒いなァ》

「“荒稲を持清まわり、和稲を持斎はりて。造る神酒八盛て、八平手の音平けく安けく神は聞ませ”…!“天の大御酒”!!!!」


掌を叩きながら詠唱を唱えれば、音を立てて渦巻く様に回転するウケ。座席を燃やす炎の頭上に大きな皿が現れたのなら、皿が傾かれて神酒が炎に向かって注がれる。聖水では無いが炎には有効な様で、炎は見る見る内に消火され黒い煙だけが残った。


「ざ…座席ケシズミになってもた…」

「…ていうか囀石が消えたわ!どこよ」

「………」


炎は消えたものの、其処には黒ずんだ座席だけが残り、肝心の囀石の姿は無い。やけに大人しく黙り込む燐には声を掛けようも口を開くが、其れよりも早く燐は振り返り勝呂の胸倉を引っ掴めば、は開いた口をそのまま閉ざすのだ。


「何邪魔してんだよ!俺はうまくやれた!!」

「坊!!」

「…何がうまくや…!」

「俺を信じてくれよ!」

「…信じる…?どうやって…!」

「坊!」


口論になる燐と勝呂に志摩と子猫丸が制止を促す。けれど二人は睨み合ったままで、勝呂は強く燐を睨み付けながら、噛み締めた唇を震わせた。


「一六年前。うちの寺の門徒がその炎で死んだ。その青い炎は人を殺せるんや!俺のじいさんも…志摩のじいさんも、一番上の兄貴も。子猫丸のお父も」

「…!!!」

「寺の門徒は俺にとって家族と同じ…家族がえらい目におうてて…どうやって信用せぇゆうんや!!」


青い夜の被害を聞いてはいたが、実際に犠牲者となった者までは知らず、志摩と子猫丸の親族が命を落としていた事を知り、少なからず燐は衝撃を受けた。けれど、其れだけだ。


「それは…大変だったよな…。…でもだったら何だ…!それは俺とは関係ねぇ!!!!」


其れはサタンが起こした事であり、サタンの息子であっても燐には何の関係も無い過去の話だ。怒りを露わにし怒鳴る燐に、気が気じゃ無いと子猫丸が勝呂を見つめる。


「……そうやったな…お前はサタンを倒すんやったよな…!?」

「…そうだ。…だから一緒にすんな」


血走った目で燐を睨み、燐もまた怒りから制御出来ず炎が身体からジワジワと溢れ出す。そして燐が勝呂の胸倉を強く引っ張ったのなら、子猫丸は慌てて飛び出し勝呂と燐の間に割って入るのだ。


「わああ!!!やめて!坊から離れて!!」


上擦った声で、金切り声で勝呂を掴む燐の腕を震えながら押し返す子猫丸。震えは燐にも確かに届き、燐の身体からは漏れる炎が消え去って昂ぶっていた感情も落ち着き出す。


「坊も…!僕らを家族というてくれはるなら…勝手はやめて下さい!お願いです…!」

「子猫丸…!」

「坊にもしもの事があったら僕ら寺に顔向け出けへん…!」


震えながら子猫丸は懸命に勝呂に訴え、勝呂も落ち着きが取り戻される。けれど、其れで仲直りだとか、はいそうですかと納得出来る筈も無く、は燐の隣に立つと、燐の手を震えた手で押し退ける子猫丸の手を払い避ける様に叩き落とした。


「ひっ…!」

「おい!お前!」


の介入に、叩き落された手に小さな悲鳴を上げた子猫丸を庇う様に勝呂がを睨み付ける。けれどは勝呂を一瞥するだけで子猫丸を冷たい視線で見下ろせば、怯える子猫丸に一言だけ言い放つのだ。


「うざい」


たった一言。されど一言。三文字の言葉はとても冷ややかで身も凍る様な寒気を感じさせる。今、子猫丸は確かにの反感を買ったのだ。これから己の身に何が起きるのかと想像しより一層顔色を悪くして震える子猫丸を擁護するべく勝呂は何かを言い掛けようとに口を開いた、其の時。


「坊!上!!」


志摩の焦りが滲んだ声に皆が揃って顔を上げれば勝呂の顔目掛けて飛ぶ囀石の姿。至近距離もあって逃げて避ける事も難しく、そもそも其処まで情報処理が追いつかない勝呂は目を見開いて囀石を見上げており、素早くは揃えた指先を向けた。


「破道の四、白雷」


指先から一条の光線を放たれ、囀石を貫き真っ二つに割れる。囀石は唯の石と化して残骸が床に落ちたのなら、いつの間にか車両に戻って来ていたシュラが魔剣を片手に眉を寄せ、啀み合いの真っ最中である燐と勝呂、其の間に立ち尽くす子猫丸や、見ているだけの志摩や出雲、宝へと順に視線を滑らせた。


、ナイス判断だ」

「別に」


活躍の場を失った魔剣を胸元の刺青の中へと戻し、シュラはを褒めるも冷めた態度で受け流す。可愛く無い反応ではあるが、此れがの通常運転である事を理解しているシュラは特に気にする様子も無く、他の面子に向かって怒りを向けた。


「……ったく。お前らこんな雑魚相手に何やってんだ!本番でもそうやって互いの足、引っ張り合う気か?死ぬぞ!」


シュラの叱咤に微妙な空気が流れ、静まり返る車両内。厳しい言葉なのかもしれないが、戦場では其れが命を左右する事もある。此れから向かう京都でもまた、何かの拍子に戦いに巻き込まれる事も、援護という形で戦場に立たされるかもしれないのだ。子供相手だからと言って、甘い事は言ってられないのである。


『まもなく京都です。お降りの方はお忘れ物のないようお支度下さい。京都の次は…』


居心地の悪い静かな車両に流れるアナウンス。何時の間にか窓の外には建造物が建ち並んでおり、新幹線は徐々に減速を始める。不安しか無い任務が始まろうとしていた。










戻ル | 進ム

inserted by FC2 system