燃ゆる不浄王へと一直線に飛躍し、炎を帯びた降魔剣で狙いを定めるが、駆け上がる不浄王の肉体から次々と溢れ出るようにして膨らみ、襲ってくる菌塊に燐は思うように動けずにいた。近付いたとしても、これでは倒すに倒せない。


「…そう簡単じゃないか…!」


勝呂の守りに徹し、印を結ぶシュラが苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。其の隣、結界を張る勝呂の頭が徐々に項垂れ始めるのを見ては目を細めた。


「!」


傾く身体は、受け身もままならずに地面へと倒れ、意識は無いものの辛うじて呼吸はしている勝呂の肉体をは見下ろす。燐が不浄王を倒すよりも早く、勝呂の身体の限界が来てしまったのだ。術者が倒れた事により、空を包んでいた炎の結界に穴が開く。其れは徐々に広がり、淀んだ雨空を晒す。


「勝呂!」

「大事ない。気を失ってるだけ」

「おい!お前どうにか出来ないのか?」


印を解くわけにもいかず、其の場から動けぬシュラが倒れた勝呂の容体を気にし声を上げれば、迫る菌塊を一振りで焼き払うが実に冷静な声で問題は無いと告げる。晴れる結界、減らぬ菌塊、眼前には変わらず不浄王の姿があり、四苦八苦する燐の姿が見える。縋る思いでシュラがに助けを求めれば、其の視線を一瞥し、は一度斬魄刀の切っ先を地に下げた。


「出来なくは無い」

「なら!」

「但し、この一帯にある命に保証は出来ない」


希望が見え、焦燥を帯びた声を一刀両断する声。何も眼前の敵に恐れをなした訳ではない。真実だけをは口にするのだ。


「黒焔柳の炎は全てを焼き払う。燐の炎とは違って、燃やし分けは出来ない」


不浄王を滅する炎を出すのは簡単なのだ。しかし、万象一切を焼き尽くす炎は不浄王や菌塊は疎か、人も木々も無差別に容赦無く其の命を奪うのである。不浄王が京都を滅ぼす前に、此の山全体が燃え尽くされ、下手をすれば其の火は京都の街すら脅かす可能性があるのだ。不浄王の腐か、黒焔柳の炎か。何方にしても被害は大きいだろう。


「燐が不浄王を倒す事が出来るのなら、其れが一番良い」


炎を操り、燃やし分けが出来るのであれば、最小限の被害だけで無事に京都は守られるだろう。だからこそ、積極的には不浄王に手出しをしないのである。京都を思うが故もあるが、何より最も強く抱く気持ちは、燐なら出来ると根拠は無いが思っているからだ。無論、燐が不浄王を倒せないようであればは山の一つ、街一つを犠牲にしても焼き尽くす気でいるのだが。



















時は少々遡り、勝呂の張った結界の外の森の中。結果として、不死鳥の悪魔落ちをした藤堂の肉体は、柔造達の烏枢沙摩の加護を受けた炎を吸収し続けた事により、憑依体の限界を超え容量オーバーを起こした。肉体組織は灰となり、降り注ぐ雨に灰は溶け、簡単に再生することが出来なくなり、一旦戦闘は終息する。最も、不死鳥故に優秀な再生能力を持つ藤堂からすれば時間稼ぎにしかならない策の為、今の内に一刻も早く身体の部位をバラバラに拘束しなければと柔造の部隊に所属する祓魔師達が総出で拘束に当たったのだが、藤堂の再生能力の方が高く、完全に場は藤堂が支配していた。


「どこだ!!」

「ハハハ…だから不死鳥の再生能力をナメてはいけないと言っただろう…やはり今の君達に私を殺す事は出来ないね」


再生し、襲われ、其れを撃ち抜くが、崩れ落ちた肉体はまた何処かで形を取り戻し襲って来る。ゆらり、雪男から少し離れた正面で再び肉体を再生させる藤堂が余裕の色を見せながら笑った。


「伽樓羅の能力も大体掴めたし…そろそろ退散するかな」


立ち尽くす雪男の直ぐ近くでは、藤堂の肉体の一部なのか、地面に縫い付けられる様に拘束されている柔造の姿がある。柔造の手足だけでなく、首をも締め付ける其れに、更に雪男からは余裕が消えていくのだ。顔半分まで再生した藤堂の目が雪男を写す。


「ただ退散する前に…奥村君、君に興味がある」

「化け物め!!」

「ハハハ?化け物?“僕は僕が嫌いだ”か…青臭い自己否定だ。その考え方には限界がある。悪魔落ちへの第一歩だな」

「貴様と一緒にするな悪魔が!!」


雪男が悲鳴にも似た声を荒げて引き金を引けば、寸分の狂いもなく放たれる銃弾は藤堂を貫き、其の肉体は地に落ち消える。そしてまた再生し、幾度と無く其れが繰り返されるのだ。


「君のお兄さんだって悪魔なのに、どうしてそんなに悪魔を拒むんだい?」

「ガッ」

「いいじゃない悪魔…。君にもその要素があるだろう。ほら、もう一度見せてご覧」


雪男の足元から再生し、素早く手の再生を行うと藤堂の右手は雪男の首を捕らえ、ぬかるんだ地面に雪男の体を叩きつける。急に圧迫される気道に息を詰まらせる雪男。覆い被さる様に再生した藤堂が、銃口が自らに当たらない様に雪男の銃を取り押さえる。しかし、雪男の目は死んではいない。力強く藤堂を睨み付けるのだ。


「…へぇ、悪魔は断固拒絶という訳か」


据わった双眼で雪男を見下ろす藤堂の身体が、突如として後方へと吹き飛び肉体が砕け散る。傍観を決め込んでいたグリムジョーが藤堂を蹴り飛ばしたのである。何処と無く怠そうに見えるのは、実際彼がそう思っているからか。


「見ているだけかと思えば…邪魔しないでくれるかな」

「うるせぇ、てめぇは話が長ぇんだよ」


吹き飛んだ衝撃で砕け散った肉体を再生させながら、卑しい笑みを浮かべグリムジョーに言う。其れをグリムジョーは実に気怠い様子で舌打ちを零し一蹴するのだ。完全に肉体を再生させた藤堂が愉快そうに笑い声を上げる。雨音が酷く響く森の中、やけに其の声は響いて聞こえた。


「ハハハ…どうやら君とは仲良くなれそうにないな」

「さっさと失せろ」


刹那、グリムジョーの顔の真横を通り過ぎた銃弾が藤堂の頭を吹き飛ばす。受け身もままならず派手に後方に倒れた肉体。すかさず駆け寄って藤堂の手を踏み潰す雪男は、息を切らしながらズレた眼鏡を掛け直し、藤堂に銃を突き付けた。


「…最後に聞いてやるクソが。お前は誰で何が目的だ」

「いいね、実にいい表情をしている。悪魔の顔だ、それが君の本性だよ」


形成逆転と言いたいところだが、其れでも藤堂が有利に見えるのは滅びぬ肉体を所有している事だけで無く、藤堂には常に余裕の笑みがあり、対して雪男は息荒く歯を食いしばり、顔を引攣らせているからだ。


「だがまだまだだ。今の君には教えられないな」

「死ね」


引かれる引き金。弾が尽きるまで何度も何度も引き続けた。銃弾を避ける術が無く、無抵抗に降り注ぐ銃弾を受ける藤堂は最早言葉を発する事はない。いつの間にか藤堂の拘束から逃れた柔造が己の首を庇いながら雪男に歩み寄れば、雪男は深く息を吐き出し柔造を横目に見やるのである。


「…おい。大丈夫か?」

「大丈夫です、それより皆さん立てますか?奴はすぐ復活する、捕獲は諦めた方が良い。全力で逃げるんです」

「本陣は、あの焔の結界ん中や」

「急ぎましょう」


晴れつつある結界を指差し言う柔造に、意識の無い祓魔師を動ける祓魔師が担いで皆は速やかに走り出した。其の後方、動かぬグリムジョーは一度藤堂の肉体の一部を一瞥すると、地を蹴り高く飛び上がる。霊子を固めた足場の上から、結界に向かって駆けて行く面々の中、雪男の姿を捉えれば、其の小さな背中を追う様に己の足を動かすのだ。










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