ブロンドの髪を靡かせる美しい女性が夕焼けの綺麗な浜辺で涙を流していた。波の音がより一層悲しみや切なさといったものを際立たせ、女性の前に立つ亜麻色の男性はくしゃりと顔を歪める。


『しかしクリスティーナ…』

『ごめんなさい、それでも私…決めたから』

『行くな!クリスティーナ、行かないでくれ…愛してるんだ、君の事を』

『ウォルター…有り難う…』


強く抱き締め合い、互いの愛を確認し、実感する二人。女性の涙が男性の肩を濡らし、徐に女性の唇にキスをした。戸惑いつつも其れを受け入れ瞳を閉じる女性。


「ううう…泣ける…」


テレビの前で三角座りをし、今にも流れそうな涙を袖口で拭いながらは唸った。別室に居た安室がリビングに入って来たのを視界の端で捉えると、釘付けだったテレビから視線を逸らし安室を見上げる。


「すみません、テレビ借りちゃって」

「構いませんよ」


今朝珍しく早くに目が覚めたは、二度寝が出来そうな眠気が無かった事もあり、バイトの時間まで映画を見る事にしたのが全てのきっかけだった。映画は一昨日レンタルショップで5枚借りてきたもので、毎日映画を一本見ようと決めていたのだが、昨日までは作動していた筈のレコーダーが壊れている事に気付き、原始的にも叩いて直そうとしたのが今から1時間前の話。既にバイトに向けて身支度を済ませていたは、時間までどうやって時間を潰そうか、まだ見ていない三本のDVDを見ないまま返却しなければいけない事に絶望していたのだが、隣から物音が聞こえ、安室も起きている事に気付くと「安室さーん」と泣き付いた訳で、こうして朝から隣人の部屋にお邪魔し、テレビとレコーダーを独占している訳である。


「あたしクリス大好きなんです!めちゃくちゃ美人じゃないですか、スタイル良いし…女の憧れですよ、理想図です」

「そうだね、確かに美人だ」


1年前に他界したハリウッドの大女優であるシャロン・ヴィンヤードの娘であるクリス・ヴィンヤード。彼女もまたハリウッドの大女優であり、シャロンの若かりしき頃と良く似たクリスは誰もが見惚れる美しさを持っていた。もしも誰かと容姿を取り替える事が出来るなら誰が良い?なんて聞かれればは即答で彼女の名前を挙げる。借りてきたDVDは全てクリスが出ており、今見ている映画は彼女が主演のハリウッド映画だ。


「僕はもう行きますね」

「バイトですか?」

「ええ。好きなだけ見てて良いですよ」

「いえ、私も行かないとなんで!帰ったら続き、また見ても良いですか?」

「勿論」


映画の三分の一程度しか見れていないが、掛け時計を見れば既に良い時間であるし、部屋の主が出て行くのに隣人が何時迄も居座るのは申し訳無い。DVDの再生を止めてテレビを切ればは立ち上がり自身の部屋に通じるタオルの前に立って手を掛けた。


「いってらっしゃいです、安室さん」

「いってきます。さんこそ、いってらっしゃい」

「はい!いってきます!」


互いに笑みを浮かべて別れ、は部屋へと戻る。テーブルに用意していた鞄に手を取ると玄関に向かった。バイト自体は17時から22時迄なのだが、こうして朝から外出するのは公共職業安定所に行く為である。一先ずアルバイトとして働いているが、学生ではないのでやはり正社員として仕事には就きたい。朝から夕方までは公共職業安定所で仕事を探し、其れからバイトに向かうのが今日の予定だ。



















公共職業安定所で数件の企業に絞り込み、面接を受けられるよう手配をしてもらった頃には既に夕方の4時を回っていてはバイト先に来ていた。普段なら7時頃から混み出すのだが、今日は珍しくが出勤時には満席になっている。制服に着替、タイムカードを押すとは早速厨房へ入るのだ。


「おはようございます!忙しそうですね」

「そうなんだよ!なんか近くの大学の子達が送別会しに来てるみたいでさー!」


慌ただしく動き回ってるからか、汗を滲ませる男性ウェイターは既に疲れているのかげっそりとしていては苦笑する。此処に安室の姿は無い。というのも、安室はあの事件以降、此処のバイトを辞めたのだ。伴場と接触する為だけにバイトをしていたらしい。仕事を欲するからすれば、簡単に採用され、辞める安室の行動は最早理解の範疇を超えていた。


さん、2番テーブルと5番テーブル掃除お願い!」

「はい!」

「ついでに8番テーブルにこれ持ってってくれる?」

「分かりました!」


出勤早々から慌ただしく、指示に従い動きまわる。掃除道具をエプロンのポケットに入れ、お盆にホットコーヒーを置いてホールへと出た。確かに大学生位の年頃の男女が多い。いつにも増して騒がしい店内を歩き、8番テーブルへ向かえば眼鏡をかけた男性が一人で腰掛けて小説の様なものを読んでいた。


「お待たせしました、珈琲になります」

「ありがとうございます」


珈琲を置きながら何気なく男性を見れば、なかなか整った顔立ち。年上かな?なんて思いつつ空いたテーブルの掃除をしに行く為に引き返そうとすれば、男性は読んでいた本から視線を上げた。


「忙しそうですね」

「はい、今日はお客様が多くって」


男性に話しかけられ、にこりと営業スマイルで答える。刹那、二つテーブルを挟んだ向こうから机を叩く様な音が聞こえては反射的に振り返るのだ。


「てめぇふざけてんのか!?」

「はあ!?」


穏やかでは無い雰囲気で向かい合って睨み合う男2人。今にも殴り合いそうな勢いに周りのテーブルの客達は怯えている様にも見え、は呆れた様に眉を顰めた。


「どうしたんでしょうね」

「先程から揉めてるんですよ、恐らく女性の取り合いで」

「修羅場ですか」


珈琲に口を付けた男性の言葉にますます呆れてしまう。大方、女性の彼氏と、女性に好意を寄せている男の取り合いなのだろうが、わざわざ店の中で言い争わなくても良いのに。周りの客の事も考えろと言いたくなるところだが、騒ぎを聞きつけたアルバイトリーダーである長谷川が争う二人に向かって行ったのが目に入り安堵する。どうやら注意をしに行ってくれたらしい。


「お客様、他のお客様のご迷惑となりますので…」

「うるせぇ!!黙ってろ!!」

「きゃっ!」


男が振り払うように上げた手が長谷川の頬にぶつかり、悲鳴を上げて倒れる。はすかさず長谷川のに駆け寄ると、長谷川の頬はほんのりと赤くなっていた。


「長谷川さん!大丈夫ですか!?」

「え、ええ…」


怖かったのだろう、顔を青褪めて俯く長谷川にはきゅっと唇を噤む。手を上げた男は長谷川を一瞥するも、謝罪する事はなく、むしろ舌打ちをする始末だ。そんな男の態度に眉間に皺を寄せたのはだけでは無い様で、男の前に座る男が勢い良く立ち上がり怒鳴るのである。


「そういうところなんだよ!!だから愛想尽かされんだ!!さっさとアイツの前から消えろよ!!」

「うるせぇ!!てめぇブッ殺してやる!!」


テーブルを挟んで胸倉を掴み合い、殴り合いを始めた男2人。テーブルの上にあったドリンクが音を立てて倒れ、割れ、周りの客達は悲鳴を上げて逃げ出す。も未だに座り込む長谷川を引き摺って2人から離れれば、慌てて男のウェイター達が仲裁に入ろうと割って入るのが見えた。


「お客様!!落ち着いてくだ、うわっ!」

「警察!警察呼べ!!」

「は、はい!」


だが怒り狂った男達に突き飛ばされて床に転がるウェイター。見兼ねた他のウェイターが厨房から様子を窺っていた女のウェイターに叫べば、慌てて店の電話を取るのだ。廊下に転がり殴り合う男達。下敷きにされていた男は跨る男を蹴り飛ばすと素早く立ち上がり近くにあった椅子を手に取れば、男がこれから取る行動を瞬時に悟ったは飛び出すのだ。


「危ない!」


男が椅子を勢い良く投げ飛ばす。しかし其れは狙った男の頭上を飛び越えて、其の後ろにいる先程が珈琲を配膳した8番テーブルに座っていた眼鏡の男へと向かって行く。椅子が直撃すると悟った客達が悲鳴を上げた瞬間、バキッと折れる様な音が響いた。咄嗟の判断で眼鏡の男の前に飛び出したの後頭部から背中に掛けてぶつかって椅子が折れてのである。椅子だった残骸が床へと落ちた。


「…喧嘩するなら…外でしろーー!!!」


椅子の破損、其れもぶつかった相手が女である事に流石に正気に戻った男達が、目をまん丸と見開いてを見ていた。が、喧嘩に巻き込まれて痛い思いをしたが今度は冷静にいられる筈もなく。は呆然とする男2人に大股で近付くと男2人の頭を両手で鷲掴みにし、勢い良くフルスイングするのだ。大きな窓を突き破り、何故だか着用していた服が脱げていき下着一枚の姿で駐車場のアスファルトに頭から沈む男達。店内では怒りに肩を激しく上下させたが血走った目をしていた。









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