男達がアスファルトで下着一枚で伸びてから暫くして警察が到着し、男達は事情聴取を受け、手を上げられた長谷川や突き飛ばされたウェイター、そしても警察の事情聴取を受けたのだが、何せ其の事情聴取が長かった。


「えーっと、つまり貴方は喧嘩が始まった時に二つ隣のテーブルに居て、あの男の人が椅子を投げた時にお客さんを庇って椅子に直撃したんですね?でも怪我は無いと」

「はい」

「そして喧嘩していた男の人達を“つい”頭を鷲掴みにして“投げ飛ばした”ら、窓硝子を突き破って彼等は彼処に落ちて意識を失った…」

「そうです」


周りを見れば既に他の面々は事情聴取を終えているのに、だけが未だ警官に捕まっていた。同じ事を何回も説明させられているからである。やけに所々強調して言う警官は不信感丸出しで眉を顰めており、疲れてきたも次第に眉に皺が寄り始めるのだ。


「えーーー…、あー…」

「何ですか」

「本当に怪我は無く椅子が壊れただけで、男を片手で持ち上げて投げたんですね?」

「だからそう言ってるじゃないですか」


歯切れの悪い言葉を彼此何度繰り返し、肯定するやり取りを続けたか。いい加減にしろと言いたくなるのをグッと堪えるが、ついつい貧乏ゆすりが出てしまう。


「いや、とても信じられないのですが…」

「なら他のお客さんなり従業員に聞いてみてくださいよ、同じこと言いますから」

「そうですか…」


店には未だ他の客や従業員が残っている。皆の前で取った行動なのだから証人は沢山居るのだ。するとそこまでする気は無いのか、警官は渋々と言わんばかりに息を吐くと、メモを取っていた手帳を閉じてポケットに仕舞うのである。


「まあ、そこまで言うならそう言う事にしておきましょうか」

「…はぁ?」

「しかし正当防衛とはいえやり過ぎですよ。今回は目を瞑りますが今後気を付けて下さい。もう戻ってもらって良いですよ」

「…失礼します」


まるでが?を吐いているかの様な口振りをする警官にの苛立ちは今にも限界を超えそうになる。苛々のやり場が無く、顔は自然と顰めっ面となってしまう。かなり不満があるが解放されたのだから良しとして、は厨房に戻ろうと足を向けた。


さん、ちょっと…」


厨房に足を踏み入れる前に店長に声を掛けられ振り返れば、手招きされて不思議に思いつつついて行く。向かった先はバックヤードで、中に入り店長は椅子に腰掛けると、空いた席をに促したのなら重い口を開くのだ。


「怪我の方は大丈夫かな?」

「はい、大丈夫です」

「なら良かった。…あー、えっと…」


歯切れの悪い言葉に先程の警官が重なる。と同時に嫌な予感がしては唾を飲み込むのだ。この雰囲気は過去に何度も体験した事があるからである。


「非常にね、言い辛いのだけど…さっきの喧嘩の事でね、ちょっと投げるのはやり過ぎだったんじゃないかなって。他の従業員も怯えているし、お客さんも結構見ていたから…つまり、その」


目を合わそうともせずに言う店長の様子は、とても申し訳なさそうにも見えるが、其れ以上にには怯えられている事に気付いていた。いつもそうだ、“暴力”を見られた後は大体この反応をされる。“暴力”を見ても態度を変えずに接してくれたのは数少ない。


「(静雄と幽、サイモンと…あと新羅とセルティくらいだもんね)」


従兄妹の静雄と幽、二人は身内であるし、何より静雄は同じ体質だから分かり合えた。サイモンは彼自身力のある人だから、むしろ仲裁に良く入ってくれていた。幼馴染の岸谷新羅は此の身体に興味津々で目を輝かせていたし、新羅の愛するセルティは体質を抜きとして個人として見てくれた。付き合っていた臨也は、がフラれたあの日までの暴力を見た事も無ければ知りもしなかったので、卒業式を機に静雄と同じようにを見ている事には気付いている。


「(あー…あとは安室さんくらいか)」


暴力を見て驚きはしていたものの、怯える事も嫌悪する事も無く、今でも普通に接してくれている。料理上手で、気が利いて、頭が良くて、イケメンで、優しい。彼に欠点はあるのだろうか、なんて考えては直ぐに欠点なんて無いんだろうなと自分を結論付けるのだ。


さんを此れ以上、雇うわけにはいかなくなった。制服は洗濯しないで良いから置いて帰ってくれるかな」


本来なら夜までのシフトだったのに、もう良いらしい。終わりというものは突然やって来るのだ。いつの日も。縋って頼み込んでも無意味だと知っているからは深々と頭を下げてバックヤードを出ると服を着替え、更衣室に制服を置き去りにして裏口から店を出るのである。あんなにも仲良くしてくれた長谷川ですら目を合わせようとはしてくれなかった。


「また…無職…」


呟きた声は虚しくて、震えていた。折角安室の紹介でアルバイトとはいえ仕事を見つけたのに、また無職に逆戻り。そしてプライベートの付き合いこそ無かったが仕事中は仲良くしてくれていた友人達も失った。傷付いていた。は傷付いていたのだ。仕事を失うのも、友人を失うのも慣れていた筈なのに、案外そうでも無かったらしい。









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