現場に警察が到着すれば、パトカーから降りた警官は1人に付き1人ずつ割り当てられて全員同時進行で事情聴取を行われる。其の際、犯人は意識が無いまま連行され、青い小型車に乗車していた見覚えの無い女性も殺人を犯した犯人だったらしく連行されて行った。あんな穏やかそうな人も殺人するんだ、なんてパトカーに乗り込む女性の背中を眺めていれば目の前に警官がやって来て、は視線を其の警官に向け、顰めっ面を浮かべる。其れは相手の警官も同じで2人の間にはピリついた空気が流れた。


「また貴女ですか…」

「それはこっちの台詞です」

「それで?今回は何をしたんですか?」

「犯人に人質にされて拳銃を向けられたんで犯人倒して拳銃踏みました」

「全く意味不明な説明有難う」

「いいえ、事実ですから」


昼間にも会った警官が其処にいて、互いに表面上はにこやかに事情聴取を執り行われるが、其の下には明らかに相手への嫌悪がある。にこにこ、と笑う顔には青筋が浮かび、口元が引き攣り出すのはだけでは無く警官もだ。


「全く…嘘も大概にしてもらわないと困るんですけどねぇ」

「本当の事を言ってるのに信じてないのはそっちじゃないですか」

「何を揉めているのかね」

「目暮警部!」


一触即発の空気に互いに笑みを消して睨み合えば、2人に気付いた目暮が歩みより2人を交互に見る。警官はそんな目暮の登場に彼の名を呼ぶと、を横目に見ながら忌々しいといった風な口振りで零すのだ。


「この女性が嘘を吐くんですよ」

「嘘?」

「ええ、犯人を倒して拳銃を踏んで真っ二つにしたそうで。昼間も私、通報があってレストランで起きた喧嘩を止めに行ったら此の女性が居たんですが、男2人を片手で投げ飛ばしたとか」

「ほぉ…」


一見信じ難い事を口にする警官に、目暮も僅かに目を細めて相槌を打つ。そしてを訝しむ様に頭の先から足の先まで観察すると、ゆるりと呆れた様な、其れこそ顔に“信じられん”と書いていそうな顔をするのだ。


「何というか…本当なのかね?君の様な華奢な女性がとてもそんな事が出来る様に思えんのだが…」

「本当だって言ってるじゃないですか!」


昼間の警官だけでなく、目暮にまで疑われ、は遂に声を荒げた。何で信じてくれないんですか!と地団駄を踏む足がどんどん力強くなっている中、の足元に駆け寄る人影。同様犯人に人質にされたコナンだった。


「本当だよ」

「コナン君」

「僕見てたよ。の姉ちゃんが犯人の顔を掴んで地面に叩きつけた後、落ちた拳銃を踏んで壊したの」


コナンが声を出した事により、気付いた目暮がコナンを見下ろす。次いでコナンの口からもが言った説明と同じ物が出たならば、目暮は口を噤んで横目にを見るのである。


「其の靴に何か仕込んでいるとかは?」

「唯の五千円位で買った靴です」

「そうですか」

「目暮警部!?信じるんですか?こんな突拍子も無い話を!」

「実際目撃者がおる訳だし、何より彼女は被害者だ。嘘を吐く理由は無いだろう」

「そうですが…!」


目を伏せて頷いた目暮に、己の目と耳を疑ったのは警官だけでは無い。目暮に食って掛かる警官が、目暮に説き伏せられる様子を眺めながらは唖然とするのだ。あれだけ何度何回言っても信用されなかった事を、コナンが、少年が口添えしただけであっさりと信じて貰えたからだ。そして更なる追撃が現れるのである。


「そんなに信じ難いなら調べてみたら如何です?」

「え?」

「彼女、以前は池袋に住んでいたみたいなんですが結構池袋では有名な方ですよ」


いつの間にか安室がの背後に立っており、納得する様子の無い警官に微笑みかける。どうやら安室も事情聴取が終わったようでが周囲を見渡せば皆が此方を見ているのだから、事情聴取が終わっていないのは自分だけなのかと皆の視線を集めている事に少し恥ずかしい気持ちになるのだ。


「本当だ!これ見てよ!」

「どれどれ…」


スマートフォンを横に向けて何やら目暮に差し出すコナンに、内容が気になるのか皆集まって其の画面を覗き込む。其れは其有名動画サイトで、動画に付けられたタイトルは“実録!池袋名物!ver”。そして再生された動画が映したものは、今より少し若く見えるが男達を其れこそ千切っては投げ千切っては投げていく一連の流れだった。思わず絶句するのは目暮だけでは無い。まるでCGでは無いかと疑いたくなる様な動画に、何とか声を絞り出したのは目暮だった。


「な、何だねこれは…」

「ね。信じ難いかもしれませんが全て事実ですよ。なので謝っておいた方が良いんじゃありませんか?彼女、怒ると怖いですよ」


戸惑う目暮に、安室が横目に未だ納得していないのか苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる警官を見ながら言う。再生し終わった動画に、動画をあげた主が添えたコメントを見てコナンは乾いた笑みを浮かべ、警官を睨むをこっそりと見上げるのだ。


「(“池袋最強の女”“絶対に怒らせてはいけない人間”か…化物だな、こりゃ)」


コナンの知る人間の中で、最も女の中で強いと認識しているのは蘭である。何せ彼女は空手の都大会に優勝する程の実力者だからだ。しかし、此の日コナンは認識を改める。幾ら強いと言っても、今隣に居る彼女の様な人外を思わせる圧倒的“暴力”には太刀打ち等、出来ないだろうからだ。


「す、すみませんでした」

「分かってくれたなら良いです」


青褪めて頭を下げた警官に鼻を鳴らしてそっぽ向くは、さながら拗ねた子供の様だ。警官はすっかり怯えてしまったのかさっさと其の場から小走りで離れて行き、は息を吐いたのなら背後に立つ安室に輝いた目を向けた。


「流石安室さんですね!」

「そんな事ないですよ。実際事実な訳ですし」

「あたし幾ら言っても信じてもらえませんでしたもん。其れに動画が上げられてるのも知りませんでした」


の視線は安室からコナンへと移り、コナンの視線に合う様に屈んだなら、にこりと笑みを浮かべては僅かに顔を傾けるのだ。


「そーだ、えっと…コナン君だっけ?最初捕まってたみたいだけど大丈夫だった?」

「うん!平気だよ!」

「そっか、良かったね」


よしよし、とコナンの頭を優しく撫でれば、擽ったそうにするコナン。子供って可愛いなあ、なんて1人満たされていたのなら、コナンの保護者でもある小五郎が半目になってを見下ろし言うのだ。


「しっかし、何つー怪力だよ」

「えへへ、ちょっと変わった体質で」

「体質ねぇ」


初めて会った時は鼻の下を伸ばしていたというのに、今ではすっかり下心は見えない。コナンの頭から手を下ろし立ち上がったなら他の警官達と話していた目暮が咳払いをする。皆の視線が目暮に向けば、目暮は皆を見渡しながら言うのだ。


「もう遅いですし、子供も居ますから詳しい事情聴取はまた明日ということで。今日はもう帰って頂いて結構です」

「じゃ、安室さん帰りましょー」

「先に毛利先生達を送ってから帰りましょうか」

「毛利先生?」

「ああ、僕毛利先生の弟子になったんですよ」

「へー!」


目暮の言葉にやっと!と笑顔を見せて安室を促すだが、そんなに待ったをかける様に安室は笑う。小五郎の呼び名が気になり尋ねたら、どうやら知らぬ間に安室は小五郎に弟子入りしていたらしく驚きつつも納得するのだ。同じ探偵として小五郎の様に名探偵になりたいと安室が思うのは当然だと思ったからである。


「そっちの車じゃ定員オーバーでしょう?宜しければ毛利さん達は僕が送りますよ」

「あれ…?」


車に乗り込もうと安室とが踵を返した所で不意に男の声が聞こえて2人は同時に振り返る。其処には眼鏡を掛けた目の細い男性が佇んでおり、其の後ろには丸眼鏡を掛けた男性と、やけに整った顔立ちの少女が居た。声を掛けてきた男が、昼間見た客と同じ顔の様な気がしては間抜けな声を漏らすと、肯定する様に男は笑みを浮かべるのだ。


「昼間は有難う御座いました」

「いえいえ、無事で何よりです」


にこやかな男に、もにこやかな笑みで浮かべて両手を左右にふれば、まるで顔見知りであるかの様に言葉を交わす2人にコナンはの服の裾を引けば、はどうしたの?とコナンを見るのだ。


「沖矢さんと知り合いなの?」

「バイト先に来てたお客さん。まあ、もう元バイト先だけどね…」

「彼女が庇ってくれて怪我をしなくて済んだんだよ」


やけに意味深げに遠い目をするに何となく事情を察したコナンは其れ以上深入りする事を止める。次いで沖矢と呼ばれた男がコナンに補足をすると、コナンは納得した様に「そーなんだ!」と笑うのだ。大方、先程警官が漏らして居た辺り、昼間のレストランに沖矢も居り、喧嘩に巻き込まれそうになった所をが庇ったのだろうと結論付けて。


「沖矢さんって言うんですね!」

「ええ。さん…ですよね?」

「そうです」


また会うなんて奇遇ですね、なんて他愛の無い話に花を咲かせていれば突然肩を引かれての身体は僅かに傾く。よろけるものの直ぐに引いた足でバランスを取れば、間近に安室の顔が見えてはほんの少し驚くのである。


「では毛利先生達は彼に任せて…僕等は帰りましょうか」

「?はい」


安室の表情には変わらず笑みが浮かんでいるものの、其の目が笑っていない様に感じたのだ。肩から離れた手、さっさと事故車となった車に歩き出して行った安室の後を、沖矢やコナン達に手振ってから追い掛けた。


「安室さん、どうかしたんですか?」

「どうしてそう思ったんです?」

「なんか変な感じして」

「気の所為ですよ」

「なら良いんですけど」


運転席に座る安室に、助手席に座ろうと扉に手をかけるが衝突した衝撃でか歪んで開かない。しかし少し力を入れたら異様な音を立てて開いた扉に、あたし悪くないと言わんばかりに引き攣った笑みを浮かべてが助手席に乗り込めば、車は静かに走り出すのである。









BACK | NEXT
inserted by FC2 system