右手の人差し指にはレトロなデザインのリングが嵌められていたを。何気気に入っている其れをニヤニヤとしながら眺め、駅員に見せたのは数分前の事。ミステリートレインのパスリングである指輪は役目を終え、今は唯の飾りと成した指輪は外さずに付けたまま、ホームに立つは子供さながら目を輝かせていた。


「蒸気機関車やっばーい!」

「SLなのは見掛けだけで中は最新鋭のディーゼル機関車らしいですよ」

「昴さん詳しいですね!」


記念写真!とスマートフォンのカメラを起動して一枚撮影した後、これから乗車する蒸気機関車の補足をしてくれた沖矢を手招きする。しかし首を振られて断られてしまい、は次なる標的へと視線を向ければ、標的はにこりと微笑んでは咄嗟に鼻を摘んだ。勿論其れは真っ赤な鮮血を放出しない為である。


「折角だもの!記念写真は撮らなきゃね!」

「い、いいんですか!?」

「勿論よ!」


あの伝説的大女優とタダで写真を撮れるだなんて!興奮し過ぎでいよいよ鼻から大量出血がなされそうな中、ミステリートレインを背景に有希子と寄り添い表情を決めるとシャッターボタンを押した。映りを確認すれば我ながら上手く撮れていて、兎に角有希子が高校生の息子を持つ一児の母には見えない美しさで眩しい。目が眩む其れを早速スマートフォンの待受画像に設定させてもらえば、機を見計らっていたかの様に沖矢は笑みを浮かべて列車を指差すのだ。


「そろそろ乗りましょうか」

「はい!」


ホームには他の乗客達がぞろぞろ集まり始めており、目深く帽子を被っているとはいえ大した変装をしていない有希子の事を考えれば誰かに気付かれ騒ぎになる前に移動する方が良いだろう。故に断る理由は無く、促されるまま列車の中へと乗り込めば、電車とは全く別物の豪華な内装には最早口が塞がらなくなるのだ。


「すっごい…素敵ですね」

「そうね。細かい所まで凝ってるわ」

「そういえば終着駅までほぼノンストップなんですよね。終着駅って何処なんでしょ?」

「名古屋ですよ」


部屋は全て個室らしく、予約した部屋まで先導する沖矢の後ろを付いて行くは壁、床、窓、天井と隈無く周囲を観察して後ろを歩く有希子と他愛の無い話をした。行き先不明のミステリートレイン、としか聞いていないからすれば、何処に到着するのかも楽しみの一つなのだが、其れはあっさりと部屋のドアノブに手を掛け開いた沖矢によって明らかにされるのだ。


「なんで分かるんですか!?」

「少し調べたら分かりますよ」

「調べ方も分かりません…」


レディーファーストだと言うかの様に部屋の中へと微笑んで促す沖矢に目を丸くしながらが問えば、やはり微笑んだままの沖矢に肩を落としてソファーに腰掛ける。そして更に目を見開いてソファーを凝視するのだ。


「椅子ふっかふか!あたしにこんな贅沢が許されるのか…」

「いいのよ、たまには息抜きだってしなくっちゃ」

「もう有希子さん大好き!前から大好きでしたけど!」


軽くソファーを押し、撫で、叩き、思い付く限りの動作でソファーがどれだけ柔らかく、ふっくらとしているのか確かめれば、大袈裟でも何でも無く二度と堪能出来ないであろう高級ソファーの感触を忘れない様に身体に覚えこませる為に身を委ねるのだ。



















達が乗車してから暫くするとミステリートレインは発車し、窓の向こうでは移り行く景色が更に胸を高鳴らせ興奮が止まない。と有希子は隣同士でソファーに腰掛け、対面するソファーに沖矢が座り、他愛の無い談笑をしながら穏やかな時間を過ごしていた時である。


『御客様に御連絡致します。先程、車内で事故が発生しました為、当列車は予定を変更し、最寄りの駅で停車する事を検討中で御座います。御客様には大変御迷惑をお掛け致しますが、此方の指示があるまで御自分の部屋で待機し、極力外には出られぬ様、御願い申し上げます』


当然流れ出したアナウンスに自然と会話は途切れて話は其方に移り、自然な動作で沖矢は立ち上がり然りげ無く扉の傍に立つのだ。


「事故って何があったんでしょう?」

「故障か何かかしら?」


繰り返される乗務員によるアナウンスに首を傾げるに同じくアナウンスを気にする有希子だが、不意にポケットの中へと手を忍ばせるとスマートフォンを取り出して画面に視線を落とすのだ。誰かからメッセージが来たのだろう。


「結構外騒がしいですね」

「事故の影響かもしれませんね」


スマートフォンを操作する有希子の邪魔はするべきでは無いと判断し、扉の傍に控える沖矢に声を掛ければ沖矢は視線を扉へと向けた。乗客達の不安が波紋の様に広がっているのか、聞こえてくる人の声が少しずつ大きくなっているのである。時には会話の内容すら聞こえるものもある中、聞き覚えのある声が聞こえて来るのだ。


「あれ?貴方も乗ってたんですね、安室さん」

「ええ。運良くチケットを手に入れたんで。さっき食堂車で毛利先生ともお会いしましたよ」


部屋の外から聞こえて来た話し声は、隣人の其れと、有名な名探偵の娘の其れにとても良く似ていて、沖矢がそっと静かに扉を僅かに開けて外を覗き見る。其の扉と沖矢の間、僅かな隙間からが見えたものは、やはり見覚えのある褐色肌で色素の薄い金髪の安室の姿で、は目を丸くするのだ。


「安室さん?」

「シッ」


此処に居る筈の無い隣人の姿に思わず漏れた声を素早く制止する沖矢に、は素直に口を噤んだ。


「それより車内で事故があったそうですけど何か聞いてます?」

「それが殺人事件みたいで今世良さんとコナン君が現場に残ってるんですけど」

「ほー…。それなら毛利先生にお任せした方が良さそうかな」


まるで盗み聞きでもしているかの様な状況には戸惑いながらも一言も発さず静かにしていれば、扉閉めた沖矢が口元に弧を描き有希子に言う。


「どうやら天は我々に味方している様ですね」


スマートフォンを操作する有希子が口元の笑みを深める。全く意味が分からないが、何か通じ合っているのか、分かり合っているのか、視線を交える事もなく笑い合っている沖矢と有希子にの頭上には幾多のクエスチョンマークが飛び交うのだ。


「少し出て来ますね」

「ええ」

「あ、はい」


有希子とにそう言い残し、部屋を出ていた沖矢。扉の開閉の際に見えた光景は相変わらず人で溢れてはいたが、先程見えた安室の姿は無い。一瞬だった為、単に見落としただけなのかもしれないが。


「私はもう少し此処に居るけどちゃんはどうする?」

「あー…じゃあ少し食堂車に行ってきます。お腹空いちゃって」

「其れが良いわ。結構美味しいみたいだし」


楽しんできて、と笑顔で手を振り見送られ、其れが何だか嬉しくて同時に照れてしまって、はにこみながら手を振っては部屋を出た。通路には乗客が溢れ、其の間を通って乗車前に貰ったパンフレットに記載を思い返しながら食堂車へと向かった。到着した食堂車は人の姿が疎らで空いた席なら何処でも構わないとウェイターに言われて適当な席へと着く。此の人の少なさは既に昼時を過ぎてしまっているからか、其れとも先程の事故のアナウンスの影響なのかは分からない。


「すみません。シュフの本日のおすすめと…あと赤ワインを下さい」

「かしこまりました」


テーブルの端にあったメニューを開き、書き連ねられた内容全てに目を通してから、結局決めきれなくて一番上に書かれていた日替わりメニューである“シェフのおすすめ”と赤ワインを注文しメニューを閉じる。窓の外へと視線を向ければ大分田舎の方まで来たらしい、一面緑と言っても過言では無い位には緑で埋め尽くされていた。


「赤ワインで御座います」

「ありがとうございます」


ウェイターが先に持ってきてくれた赤ワインに早速手を付け、グラスに唇を付ける。傾けたグラスに口の中に広がる味わいに思わず目を細めた。途轍もなく美味しかった。


「(ミステリートレイン…最高!乾杯!)」


他にも客が居る為、流石に口に出して言うのは恥ずかしいので心の中で叫んでから赤ワインに再び口を付けた。直ぐに空になったグラスにウェイターを呼ぼうと周囲に目を向ければ丁度シェフの本日のおすすめ(ステーキだったらしい)を持ってきたウェイターが空になったグラスに察してくれたらしい、が口を開く前に「直ぐにお持ち致します」と微笑んだのだから感服である。


「やわらか…ジューシー…もう死んで良い…」


ナイフで一口サイズに切って口に運んだステーキは口に入れた瞬間溶ろけたと錯覚する程に柔らかく、文句を付ける箇所なんて全く見付から無い。実際店で食べたら此のステーキも赤ワインも一体幾らするのだろう、と考えて止めた。折角食べ放題飲み放題なのだから、そんな事を考える必要はないのである。


「すみませーん!此の赤ワイン、ボトルごと下さい!」


一生に一度あるかないかの此の機会を逃す訳にはいかない。吐くまで堪能しようと決めては笑顔でウェイターを呼び付けて注文するのだ。









BACK | NEXT
inserted by FC2 system