「さてどうする?」

「何が?」

「これから」


の頬には現在湿布が貼られている。島で男に殴られた頬は赤く腫れたのは勿論、どうやら切れていたらしく少しの切り傷があった。その箇所だけ消毒し、絆創膏を貼って上から湿布を貼っているのだ。ひんやりとした冷たさに気持ち良さを感じながらはウィルとテーブルを挟むようにして座っている。


が降りたいなら治療もさせてくれたし、次の島で降りてもいい。次の島はそんなに危ない島じゃないし…。でも、」

「ねえ」


ウィルが続けて何かを言いかけるが、それをはあえて遮る。が真っ直ぐウィルを見つめればウィルは開きかけた口を閉じて応えるように口を閉じ、真っ直ぐの目を見つめた。ウィルは見る、大きな漆黒の瞳の中に自分を。そのまま吸い込まれそうな錯覚を覚えた。まるで底の見えない闇、全てを吸い込むブラックホールにさえ思えた。はテーブルの上に其れを置く。ごとり、それなりの重さを持つ其れはそんな音を立ててテーブルに横たわる。


「あたしの武器になるって言ったのは本気?」

が望むなら俺はの武器になるよ」

「…使い方を教えてくれる?」


は視線をウィルから銃へと移した。鈍く黒光りするそれをは実際にこの目で実物を見るのは初めてだった。此れは人を殺せる武器だと分かっているからか、その銃はにはとても重たかった。しかし同時に此れはとても必要なものだともは感じてもいた。こういった武器がなければ自分は此処では生きていけない。には戦う術が必要だった。


「…君がそれを望むなら」





























「とりあえず次の島で降りるよ。道具を揃えないとな」

「道具?」

「鍛える為にだよ」


空になったマグカップを洗いながら話すウィルの後姿をは眺めていた。自分を鍛えてもらう為、暫く同行することが決まり何だかウィルは機嫌が良かった。それが不気味でが不審がっているとウィルは苦笑いを零して「あのまま放っておくなんて心配だろ」と言った。これで本当に影で良からぬ事を企てていたら名俳優と言える程にウィルは言葉も表情も纏う雰囲気すらもそう感じさせるものだった。


はさー、希望の武器ってある?」

「どういう意味?」

「銃がいい、剣がいい、素手がいい、とか」


洗い終わったのだろう、マグカップを2つ水切り籠に移すと軽く手を洗い流しウィルはそう言いながら蛇口を捻り水を止めた。タオルで手を拭きながら「最後のは冗談だけど」と笑った。勿論の中に最後の素手で戦うという手段はない。


「戦う距離にも武器て変わるしなあ…」

「先に言うけど、あたし体力も力もそんなにないよ」

「それは何となく分かるから大丈夫。ちゃんと分かってるから師匠に任しとけー」


歯をにかりと見せて笑うウィルにはつられるように少しだけ表情を和らげる。ウィルは再び椅子に座るとテーブルに肘を着いて前のめり気味になって続けた。


「戦闘においてざっくり分けたら大体近距離型・中距離型・遠距離型に分かれるのは分かるよな。近距離なら剣とか肉弾戦。中距離なら槍とかかな。遠距離なら銃とか爆発物使うとか。戦い方にもよるから、それが絶対この距離の戦法って言い切れないけど大体はそんな感じ」


は集中してウィルの話を聴く。ウィルはに向って三本の指を見せるようにして立てれば、まず一本目の指を反対の手で摘んだ。


「まず近距離型。は小柄だから鍛え方によっては他の誰よりも速さを生かした戦法がとれる。小柄な方が相手の懐に入りやすいからな。身体のサイズを考えたら良いスタイルだと思うけど俺はにこれはお勧め出来ない」

「どうして?」

「失礼かもしれないけど、正直って今迄鍛えた事とかもないだろ?近距離の戦法は相手の攻撃を避ける動体視力とか反射神経とか凄く重要なんだ。それを一から鍛え上げるのは結構時間かかると思う。相手の懐に入れたとしても、相手の一撃を避けれないようじゃ自分から怪我しに行くようなものだしね。まあ、がどうしてもこの戦法が良いっていうなら俺は付き合うけど」

「大丈夫。実はあたしも接近戦は無理だなって思ってた。あんまり運動神経良いってわけじゃないから」

「そっか。じゃ、次な」


ウィルは摘んでいた指を折り、続いて隣の立てた指の先を摘む。近距離の戦法を無理だと感じていたのはの本心だった。全く運動が出来ないわけでも目が悪いわけでもなかったが、どう鍛えた所でには相手を叩きのめすような腕力が付くとは思えなかったのだ。同時に、敵の懐にわざわざ突っ込むような戦法、とてもには出来ないでいた。平和な国で平和に過ごしていたからすれば、そのような戦法をとれる人間は只の馬鹿な人間だ、という感覚である。普通の神経をしていれば自ら突っ込む事など出来るはずがない、それがの本心だった。


「中距離型。例えば槍とか薙刀とか…獲物の長さがある武器。ぶっちゃけこれも俺はお勧めしない。確かに近距離よりは良いけど獲物が長ければ長い程、武器って重みが出るから小柄で細いには其れを振り回すのは結構キツイと思う」


ウィルはまた一本指を折る。残った指は一本。立てられた指の数は三つの戦法を指していた。残る戦法は一つだけ。残った指も一本だけ。残った一本の指をへと向けてウィルはウインクする。只のイケメンである。


「最後、遠距離型。相手が離れてる状態でも攻撃出来る。逆を言えば接近戦に持ち込まれたらキツイけどね。俺はには遠距離型のスタイルがあってると思う。遠距離だったらそんなに身体能力って関係ないし」

「そうね」

「まあ、どのスタイルにも反射神経とか動体視力とかは必要にはなってくるんだけどな。他のスタイルよりは遠距離型の方がマシってなだけで。けど身の安全を守るための正当防衛として鍛えたいっていうなら近距離型を鍛えた方がいいんだけど」


ウィルは突き出していた指を引っ込めて頬杖をつく。そして首を少し傾けたならに問うた。


「どうする?」


ウィルはに問うた。ただ単純に戦闘スタイルを尋ねたわけではない。ウィルはの武器として、相応の力を与える為、が何処までの力を望んでいるのか把握するための問いだったのだ。ただ襲われた時のみの対処としての“近距離に依る正当防衛で発揮される力”を望むのか、もしくは襲われた時のみならず自身から相手を倒すための“遠距離に依る相手を倒す力”を望むのか。ウィルの問いに秘められた真の意味を理解していたは視線を下へと落とし、暫く黙り込む。自身の発言によってこれから先の事が変わるのだろう。は瞳を閉じて考える。暫くして目を開けたは顔を上げ、ウィルを見た。迷いの無い瞳だった。


「遠距離型にするわ」

「誰かぶっ倒したい人でもいるの?」

「そうね」

「………。」


何気ないウィルの問いに目を伏せて一言返すの脳裏に浮かぶのは海賊達やエリッサ、そしてあの白い制服の様なものを身に纏った男達の顔である。ウィルはそんなの様子を見つめながらぼんやりと思い出す。此処へ来る前までのことを。何となく、ウィルはきっとがあの海賊達の事を思い出してるのだろうな、と思った。そのウィルの推測は当たらずと雖も遠からずといえるだろう。実際の脳裏に浮かんだ人間達の中に、その顔を含まれていたのだから。


「絶対にあたしは許さない」


の瞳にあるのは憎しみと恨みの炎に見えた。ウィルは驚き目を見開く。とは出会ってあまり時間は経っていないが基本的には大らかで大人しい印象を受けていた。こんな強い感情を抱いているのが意外だったのだ。ウィルは目を細める。とんだ大物を拾ったのではないかと思ったからだ。今はまだ弱くとも、いずれ彼女はとても強い正義の力を手に入れる。何となくウィルはそう思った。


「獲物の希望は?」


仕切りなおすようにウィルがそう問えばの視線はテーブルの上の其れに向いた。手の平サイズの小さな外見だが、それは立派な凶器であり武器である。ウィルは口元に笑みを見せた。


「奇遇だなー、俺の獲物のコレだから」


ウィルは背もたれにもたれかかると、何処からかテーブルの上とは違う少し細身の銀色の銃を取り出した。人差し指でくるくると回すその仕草は銃の扱いに慣れているように見える。相性としたら最高の師匠だよな、と笑ったウィルは実に楽しそうに見えた。ウィルは銃を一度宙に飛ばせば難なくそれをキャッチし何時でも発砲出来る様に引き金に指をかける。


「俺、結構銃の扱い上手いんだぜ。期待しとけー、弟子よ!俺が強くしてやるから!」

「…ヨロシク、ししょー」


ウィルに笑顔は絶えなかった。楽しそうに笑ってをニコニコと見つめる。初めこそ何とも思っていなかっただが、それが段々気味が悪くなり蔑むような目でウィルを見た。それでもウィルは笑顔が耐えない。そんなに自分が獲物を銃に選んだことが喜ばしかったのだろうか、は少しの疑問を抱えつつもウィルを無視することを決め窓から外の景色を見る。すっかり外は真っ暗になっていた。


「(きっと立派な海兵になるんだろーなあ)」


ウィルの笑顔は耐えない。これから自分が鍛える少女は後にきっと強くなるに違いない。そう根拠はなかったが確かにウィルは確信していた。これから楽しくなりそうだ、ウィルは深くそう感じる。思わず自然と顔が笑顔となるのは分かっていたがそれを止める術も、その笑顔も引っ込める気もウィルにはなかった。










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