「あの島?」

「ああ、そうさ!」


船での生活が10日程過ぎ、前方には島が見えてきた。島を指差しが問えば、ウィルは笑顔で頷く。これからのの戦闘スタイルの方向性も決まり、武器等を調達する為にとウィルは長い航路を共にした。当初はあの島の直ぐ近くの島に上陸する予定だったのだが、獲物を銃に決めた時点でウィルは針路を変えたのである。ウィル曰く、一生を共にするパートナーになるかもしれない相棒はしっかりと選んで手にすべし、とのことだった。ウィルと出会って10日、共に船の上で生活して10日で分かった事は、銃の事になるとウィルは口煩いということだ。


「此処がゴルシル島?」

「ああ。ギャンブルと武器の宝庫だよ」


船を島に停泊し、ウィルに続きも上陸する。港には他にも沢山の船が停泊しており行き交う人々も多く、島の外から此処へわざわざ訪れる人も多いらしい。数ある停泊した船の中、は白い骸骨の旗を掲げた船を見つけた。現実に居るのだと一瞬だけ感動を覚えたが、それも一瞬にして曇る。気持ちを切り替える為にはウィルに問うた。


「ギャンブルと武器の宝庫って?」

「そのままの意味だよ。この島はカジノと武器の販売が盛んなんだ。海賊から海軍、一般人まで幅広い人がカジノや武器を求めてこの島に訪れる。盛んなだけあって良い品も種類も豊富だからね」


ここにしか販売されていないレアな武器だってあるんだ、とウィルは続けるとを手招きし島の中心部へと向っていく。は現在、当初着ていた制服を着用していた。流石にウィルの服はサイズが合わず、一度洗濯すれば汚れもそれなりに落ちた為、は少しくたびれた制服を仕方なく着て行くことにしたのだ。島の雰囲気はどちらかというと都会よりで、木々等の自然は少なく建物が多い。その仕様は大体が白を基調とした石造りで、地面は石畳だった。建物は住宅というより店舗が多く、殆どが武器を販売とする店である。剣専門店、刀専門店、銃専門店、鎧専門店、様々な分野の店があちらこちらに立ち並ぶ。建物は殆どが二階建になっており、恐らく一階部分が店で二階部分が住宅なのだろう。しかし武器屋しか店が無いわけではないらしく、時折洋服の店やアクセサリーを販売する店舗もあった。


「活気がある島だね」

「楽しい島だろ?」


そういうウィルは表情がとても緩んでいる。視線の先を追えば先程から銃を専門に取り扱う店ばかりを追っていた。は思わず口元が引き攣る。此処まで銃マニアだと実際自分が選ぶ際にも五月蝿く横で口出しされるのかと思うと面倒臭すぎるからだ。擦れ違う人々は老若男女問わず、本当に様々な世代の人が行き交っている。とても屈強そうなガタイの良い中年の男も居れば、とても線の細い若い男が剣専門店で店頭の剣を物色していたり、幼い子供が鎧専門店で客引きの為に声を出して居れば、派手な衣服を身に纏った厚化粧な老婆が銃専門店の店頭で店員に文句を言って居たり。その光景はとてもあの島では見られない光景だった。


、此処だよ」

「…此処?」


着いた、そう言うようにウィルは角に立地する店を指した。他の店に比べて古ぼけた店は客引きをする店員も居なければ出入りする客もおらず静まり返っている。は他の店と間違えているのではないかと思い、ウィルに確認を取るがウィルは笑顔で頷くだけだった。は今一度店を見る。何度確認しても他の店のような活気もなく、むしろ営業しているかどうかも怪しい。このような廃れた店よりも繁盛している店に行きたいのがの本音だった。ウィルの言葉を借りるならば、一生を共にするパートナーになるかもしれない相棒なら、もっとマシな店で選んだほうが良い巡り合せがあるに違いない。此処の店に置いてある銃は売れ残ったような残念な品ばかりなのだろう、はそう確信していたのだ。


「じいちゃーん、いるかー!」


しかしそんなの思いも露知らずウィルは勢いよく店のドアを開けた。からんからん、そんなドアに取り付けられていた鐘が静かな店内にウィルの声と共に響く。店内はとても薄暗く、窓からかろうじて差す光だけが店内の唯一の明かりだった。店内から返事は無いまま、ウィルはずかずかと店内の奥へと入って行く。も慌てて店内へと足を踏み入れた。


「じいちゃーん、また寝てんのかー?」

「ウィル?」


店内の奥、レジのカウンターの奥からひょっこり顔を覗かせたのは若い女性だった。鮮やかなブロンドの色をしたショートカットの女性だった。年齢は20代前半だろう。女性はウィルの顔を見るなり表情を明るくさせ、飛び出すようにカウンターからこちらへと駆けて来る。ウィルも女性に気付いたのか笑顔で片手を上げた。


「ジャス!」

「久しぶりじゃない、ウィル!なかなか来ないから寂しかったわ」


ジャスと呼ばれた女性はとてもスタイルの良い長身の女性だった。タンクトップ一枚にショートパンツという格好で惜しげもなく露出された手足は長く色気がある。ジャスは豊満な胸を押し付けるかのようにウィルの腕に絡みつき、うっとりとウィルを見上げた。しかしウィルは慣れているのか相変わらず笑顔は崩さずジャスの行動に動揺する事も咎める事もなかった。


「暫くこの島に滞在するんでしょう?折角なんだしデートしようよ」

「悪い。連れがいるからデートする時間ないんだ、また今度な」

「もう…。いっつもそう言って断るんだから!つれない人ね」

「今度はちゃんとその為に島に来るって」


ウィルとジャスのやり取りをは黙って眺めていた。それは端から見れば恋人同士のやり取りのようにも見えたが、会話から見てジャスがウィルに対し好意を抱いているのは確かなのだろうが実際は恋人同士というわけではないようだ。ウィルは確かに顔は整っており、性格も良い。モテそうだとは思っていた為、は実際こうして現場を目にするとやはりと強く納得した。


「じいちゃん居る?」

「居るわよ。なに、新調でもするの?珍しい」

「いや、俺じゃなくてこっちの子がさ」


ウィルはジャスの絡める腕をさり気なく解くと視線をへと向けた。ジャスもウィルから離れ、漸く視線をへと向ける。初めて合わさったジャスのブラウンの瞳には慌てて会釈すると、ジャスは納得したように頷くと少し待つように言ってカウンターの奥へと去って行った。は店内をぐるりと見渡す。店の中にはぎっしりと詰め込まれるようにして棚が設置されていた。通路も人一人分程度の幅しかなく、通路の間々には硝子ケース付きのテーブルが並べられている。敷き詰めるように並べられた銃は簡単に触れられないように硝子ケースで保管されていた。壁際の棚には剥き出して同じ様な形をした商品の銃が飾られている事から、ショーケースに入れられたこの銃達はそれなりの高価なものなのだろう。そんな中、数ある銃の中からはある一丁の銃に目を奪われた。壁に直接設置された硝子のショーケースの中に飾られたリボルバーの回転式拳銃だ。黒一色で特に目を奪われるような装飾がされているわけでもない見た目は他の銃と変わらない普通のものなのだが、やけにその銃には目を奪われる。まるで絶対に触れてはならぬとでもいう様に他のショーケースとは違い分厚い硝子ケースに覆われた其れは、他の銃とは隔離するように少し離れた箇所に飾られていた。が何かをじっと見つめている事に気付いたウィルはの視線の先にある銃を見て顔を強張らせる。


、あれは…」

「あれが気になるのかい?」

「じいちゃん…」


ウィルがに声を掛けようとすると被さる様に別の老人の声が聞こえ、はそちらへと視線を向ける。じいちゃん、ウィルにそう呼ばれたのは外見もまさにじいちゃんと呼ばれるに相応しい白い髭を蓄えた老人だった。老人は杖を付きながらゆっくりと此方へ向って歩いてくる。その後ろにはジャスが控えていた。


「この店の店主のじいちゃん、ローリー。じいちゃん、この子は

「初めまして、ローリーさん」

「宜しく御嬢さん。ウィルの後輩か何かかい?」

「違うよ、は俺の弟子。今日はの相棒を探しに来たんだ」


ローリーは髭を撫でながら、ほう…と声を漏らし、じっくりと観察するようにを上から下まで見た。暫くローリーは口を噤み、次にの目を真っ直ぐ射るように視線を向ける。も応えるようにローリーの目を見返した。ローリーの目は綺麗な海の色だった。


「…良い瞳をしている。内に秘めたその闇の色が気がかりだが、まあ…大丈夫だろう」

「…?」

「御嬢さん、あれが気になるかい?」

「じいちゃん…」


ローリーが視線で指したのは先程が魅入っていた銃だった。真っ黒なフォルムの、一見他のものと変わらぬ拳銃。咎めるようにウィルが静かに声をかけるが、はウィルを無視してローリーに頷いた。


「素敵だと思ったわけじゃないんですけど、不思議と惹きつけられるんです」

「それがあの銃だからね」

、あれは妖銃なんだ。やめたほうがいい」

「妖銃?」


慌ててそう言ったウィルの妖銃という聞き慣れない言葉には首を傾げる。妖銃というフレーズに聞き覚えが無いは、それは妖刀と有名な村正のようなもののことなのだろうか。ローリーは妖銃と言われた銃へと近付き、それを見上げて言う。


「回転式拳銃、S&W M19…通称コンバットマグナム。それこそ、そこいらに置いてる銃と型は変わらねぇが歴とした妖銃だ。名を“グレイマン”と言う。この銃を手にした者は皆悲運な死を遂げた。その過去の死には共通点があってな」


ローリーは振り返りを見据える。ウィルやジャスは神妙な面持ちでを見ていた。皆の視線を独占とするだが戸惑いの様子も見せず、じっと真っ直ぐローリーを見ている。それはまるでローリーの次の言葉を待っているかのようにも見えた。


「手にして13時間後、必ず持ち主は死ぬ。悪い事は言わねぇ…他のにすることだ」

、この世界じゃ本当に有名な銃だ。俺も他のにした方が良いと思う」

「たまにこの銃を買っていく物好きもいるけど、結局ここに戻ってくるんだよ」


その意味が分からないわけじゃないだろう?ジャスの最後の一文は言葉にされることはなかったが、それが分からないではなかった。は銃の入ったショーケースに近付く。そしてはっきりとした声で言い放った。


「これにするわ」

「おい…!」

「聞いていただろ、御嬢さん。それは妖銃、別のにした方がいい」

「これじゃないとダメな気がするんです。だからこれにします」


は優しくショーケースに触れた。冷たいひんやりとした分厚いガラスの向こうに銃は眠っている。ウィルが慌てて考え直すように促すもは首を横に振るだけだった。そんな押し問答が暫く続き、終止符を打つかのようにローリーが杖で床を叩く。かつん、それ程大きな音ではなかったのだが店内にはよく響き、とウィルは口を噤んでローリーを見る。ローリーは一つ溜息を零した。


「売ってやってもいい。だが、その銃に魅了された御嬢さんが手にしても、銃にかかった呪いに負けて人生終えるだけだと思うが」

「ありがとう、ローリーさん」

「礼には及ばねぇ」


また一つローリーは溜息を零す。そしてジャスに目配りするとジャスは小さく頷きリングに束になった鍵の中から一つ、細長い鍵を取り出すとショーケースの裏側に設置されている鍵穴に差した。小さな音が鳴り、鍵が開かれショーケースの蓋が開かれる。がローリーを見ると、ローリーは顎で銃を差した。持っていけということらしい。はウィルの不安げな表情に気付かぬふりをして銃へと手を伸ばす。触れた指先からは氷の様な冷たい鉄の感触がした。










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