両手にとってみると銃だけあって重みがあるが、それ程気になる重さではない。は大事にそれを持ってローリーに振り返る。


「売ってやってもいい。だが譲ってやる気も負けてやる気もない」

「定価かよ!!」

「当たり前じゃ!此処に来る客はお前さんみたいなマニアックな奴ばっかりで全然客も入らねぇわで商売になっちゃいないんだよ!さっさと金置いてけ!」


咄嗟に食いついたウィルに大声を上げて反発するローリー。どうやらやはりと言うべきか客はあまり訪れないらしい。ローリーはレジのカウンターへと回ると催促するようにカウンターを手で叩きながらウィルを睨む。そんなローリーにぶつぶつと文句を垂らしながらウィルは口を尖らしてカウンターへと向かった。は慌ててウィルを引き留める。


「ちょっと、なんでウィルがレジに?」

「え?だってお金なんか持ってないだろ?」

「………。」


は思わず言葉を詰まらせる。お金がないわけではないのだが、ここでは使えない前の世界での紙幣や硬貨しかは持っていなかった。それもその紙幣や硬貨はこの世界では何も役にも立たない言わば唯の紙切れと金属にしか過ぎないものなのである。は振り返り、ショーケースの前に掲げられた銃の値段を確認する。そして速やかに銃をショーケース内に戻すとウィルに「出る」と言った。突然のの買う気満々だったというのに商品を元の場所に戻す等の速やかな行動にウィルだけでなくローリーやジャスまでもが驚きを隠せないで呆けている。再び店外に出ようとがウィルに催促すればウィルは漸く声を上げた。


「え!?買わないの?いいの?買う気満々だったじゃん!」

「お金ないもの」

「俺が買うって!」

「さすがに悪いから遠慮する」


はきっぱりとウィルの申し出を断ると未だに呆けた状態のローリーを見る。視線が合わさり、ローリーも気を引き締めなおすとは視線を一度銃へと戻し、また直ぐにローリーへと向けた。


「必ずまた買いに来ます。それまで誰にも売らないで貰えますか?」

「…あの銃を買おうとする物好きはここ3年は見てないね」

「よかった」


は安心し、少しだけ笑みを零せば迷いもせず店の外へと出た。からんからん、来た時と同じ鐘の音が鳴る。続けてウィルも慌てて追うように外へと出ればウィルはに問うのだ。


「遠慮すんなって!あれくらい大した金額じゃないし、」

「全然大した金額よ。あんな高いもの買ってもらうわけにはいかない」


人通りの多い中、とウィルはそんなやり取りをしながら歩く。此処で周囲を観察しながら歩いていたはあることに気付いていた。前の世界での通貨単位は円だったが、此処ではベリーというらしく、時折見かける食品を取り扱った店頭に並べられた果物の単価を見ていると、1円が1ベリー相当のようだった。


「じゃあ言うけど、どうやって自分で買うつもりなんだよ。無一文からあの金額掻き集めるのって結構時間かかるって」

「ねぇ、ウィル」


島の中心部、特に人の集まる騒がしい場所では立ち止った。騒がしい音と人の声がそこら中から聞こえてくる。向き合うように振り返ったにウィルは店に引き返す気になったのかと思ったのだが、そうではなかった。


「貴方にとってあの銃の値段が大したことない金額なら、貴方そんなにお金を持ってるの?」

「んー…まあ、凄い持ってるわけじゃないけど他の一般人に比べたら持ってる方だと思うけど」

「じゃあ1000ベリーだけ貸して」


が先程まで見ていた正面、現在の背後に聳え立つ大きな建物にまさかとウィルは唖然とする。此処はゴルシル島、ギャンブルと武器屋の豊富さで有名な島である。この島で一番有名で誰もが一度は訪れる此の大きな建物は、島の中心部に堂々と建設されているのだ。


「マジ?」

「大マジ」

「ギャンブル強いの?」

「さあ。ルールは知ってるけどやったことないから」

「おいおいおい」


のあっけらかんとした返事にウィルは慌てて引き留めようとする。ウィルの同意を無視して勝手にカジノへと入っていくにウィルは冷や汗を流した。もウィルも共に正装をしているわけではなく、むしろに関しては薄汚れた制服なのだ。此処のカジノは一応正装ではなくとも入れるようにはなっているのだが、いざ賭け事をするとなるとこういった格好で来る人間が一番先にカモにされるのだ。それも集団であったり、ズルでも何でもして金を絞り取られるものなのである。だからこそ、私服で入場は出来るシステムでも決して私服で入場する者は居なかった。そんな中、正装した人間の中をずかずかとは進んで行くのだ。ウィルは今直ぐを引っ張り出したい気持ちに襲われた。確かに金がないわけではないのだが、最初から金を取られると分かっていながら無意味な出費をするのは流石にウィルも嫌だったのだ。しかしはそんなウィルの気も知らずに、さっさと空いた席へと座る。既に着席していた正装の男達が途端に卑しい笑みを浮かべた。ウィルが頭を抱えた。


「御嬢ちゃん、此処が何処か分かってるのかな?」

「ええ。さあ、始めてください」


今にも吹き出しそうな程、を見て笑ったディーラーには声をかけられるがは気にする素振りはない。は一度後ろにいるウィルに振り返ると二人の視線が合わさった。ウィルは目で訴える。今ならゲームが始まる前に逃げれると。しかしそれは届かず撃沈する。


「大丈夫。なんかいける気がするの」


ウィルはその場に崩れ落ちそうになった。何の保障もない自信だけでギャンブルに臨もうとするに、ウィルは髪をぐしゃぐしゃと掻いて何とか気持ちを抑え込んでいると、席についている男達に「なんだい、嬢ちゃんの財布か?」「儲けさしてもらうぜ」「まあ服もないくらいだから、あんま持ってないんだろうがな」なんて次々と声を掛けられる。反抗する気にもなれず、ウィルは深く深く溜息を吐くとの後ろに立って見守る姿勢をとった。それは諦めたという事だった。涙が出そうになりながら、それを何とか堪えてウィルはを後ろから見守る。ディーラーはへと問う。


「ゲームの希望は?」

「ポーカー」



















2時間後、ローリーの元へと訪れた2つの影。カウンターに置いてある椅子に腰を降ろしていたローリーは顔を上げた。薄ら笑みを浮かべると対照的に顔を引き攣らせたウィル。いつも笑顔のウィルしか見たことのないローリーは、そんなウィルの表情に驚き目を見開く。しかしカウンターにどさりとの置いた袋に直ぐに吹き出すのだ。


「驚いた。御嬢さん、これは何処から盗ってきたんだい?」

「盗ってないわ。賭けて勝っただけ」

「なるほど」


大きな袋に溢れんばかりに詰め込まれた紙幣。は勝気な笑みを浮かべてローリーにそう言えば豪快に笑うローリー。成程、だからウィルはあんな顔をしているのかとローリーは一人納得するのだ。は壁に飾られたあの銃をうっとりと見つめた。


「物好きな人はいらっしゃらなかったんですね」

「嗚呼、でも今しがた店に来て儂の目の前に居るがね」

「そうですか。…お金、足りますかね」

「十分過ぎる程度には」


とローリーは互い見合って笑った。その後ろでは放心状態で引き攣った顔のウィルが立ってる。そんなウィルにジャスはすかさず駆け寄ると腕を絡ませ抱き付き頬へキスを落とした。


「………マジ?」


たった2時間で、たった1000ベリーが驚く程の0をつけて手元に帰ってきたのだ。ウィルの放心状態はまだまだ続く。彼の小さな呟きは誰の耳にも届くことはなかった。










BACK | NEXT

inserted by FC2 system