「ヒナさんヒナさん、絶対これヒナさんに似合いますよ!」

「いい色ね。…これなんてどうかしら、にとても似合うと思うわ」

「本当ですか?でも少し大人っぽくないですか?」

「そんなことないわ。普段は可愛らしい系統を好むようだから、時にはこういう綺麗めの系統もいいと思うけれど」

「じゃあ…ちょっとチャレンジしてみようかな」

「ええ。新しい自分を見つけることも大切だし、それを身につけたを見てみたいわ。ヒナ期待」

「(ヒナ期待?)」


とある店内、二人が居たのは化粧品を取り扱う店だった。訪れる客は年齢層幅広く、若者向けのものから年配向けの商品まで様々なものを取り扱っている。そして二人が並んで見ていたのは口紅だった。様々な口紅を手に取り、これはあれだと選ぶ時間は彼女達にとっては大した時間ではないのだが時間は刻々と過ぎており彼是もう1時間も経過している。ヒナは柔らかな明るめのベージュを、は落ち着いた赤を選び、漸くレジへと進んだ。補足しておけば二人は他にもアイシャドウやチーク等も抱えている。


「ヒナさん、本当に彼氏居ないんですか?」

「居ないわ。今は恋愛よりも仕事の方が大事なのよ」

「キャリアウーマンですね。職場恋愛とかないんですか?」

「仕事の同僚なんて眼中にないわ。そういう対象にも見たこと無いもの」

「ウィルはどうなんですか?親しいみたいですけど」

「親しいけれど男として見た事はないわね。あえて言うなら可愛い弟分みたいなものかしら」


レジで会計を済ませ、そんな恋愛話をしながら二人は店の外へと出た。行き先や目的地があるわけではないのだが、そんな雑談をしながら島を歩き、目に付いた気になる店があれば二人は揃って入っていく。そんな風に沢山の店をはしごしてとヒナは確実に親睦を深めつつ、ショッピングを堪能していた。


「そういうはどうなの?ウィルのこと」

「全然そういうのじゃないですよ。ウィルはあたしの恩人ですし、今はあたしの師匠です」

「師匠ね…。彼、銃の腕は確かだから師にして不足はないわ」

「そんなに凄いんですか?」

「ええ。は分からないかもしれないけど、銃を扱う人から見れば彼は本当に良い腕をしてる。絶対に狙った所を打ち抜く正確性に、早撃ち。彼は照準を定めて撃ってるとはいうけれど、わたくし達からすれば銃を抜いて直ぐさま発砲しているようにしか見えない。彼、とても優しいでしょう、女が相手だととても紳士に振舞うから。だから彼は銃騎士と呼ばれるのよ」

「銃騎士ですか?」

「ええ。“銃騎士のウィル”彼の異名よ」


ヒナはそう言うと徐にポケットから煙草を取り出し、口に銜えて火をつける。満足気に紫煙を吐き出す迄の一連の流れを見ていたは小さく笑った。ヒナはヘビースモーカーのようで、これでもう14本目の喫煙だった。煙草は身体に悪い為、何度か注意を促そうと考えたのだが、初対面でいきなり心配とは言え注意をするのは要らぬ御節介かと思い、結局何も言えず口を閉ざすだけだった。そんな時である、頭に響く音が聞こえてきたのは。金属がぶつかり合うような音や発砲音。そして野太い男達の罵声。よく耳を澄ませてみれば、その罵声には今しがたヒナから聞いたウィルの異名があったように思える。まるで男達が、ウィルに向って怒声を浴びせ、いきなり斬りかかり発砲したかのようにも聞こえた。の鼓動が早く波打つ。周囲を見渡しても誰も騒ぎに気付いた様子はなく、唯の幻聴か何かだろうと判断し、は何事もなかったことにしようと意識を逸らす為に言葉を繋ぐ。


「…ウィルって有名な人なんですか?」

「いいえ…。でも、最近になって彼の名前は異名と共に世界中に広がり始めてるわね。名が知れるには遅かったと思うけれど」

「名が知れるって…良い意味でですよね?悪い人には見えないですし…」

「良いか悪いかは、貴女が自分で判断することよ」


罵声も、ぶつかり合う金属音も、発砲音も未だに止まない。ヒナに視線を向けるも、やはりヒナにはまるで聞こえていないようで、周囲を見渡しても皆特に変化はなく、飲酒する者、道を行き交う者、様々で何ら変わらない。歩を進めていたの足取りは次第にゆっくりとなり、終いには其処で立ち止まった。とヒナが歩いて向っていた先から、は頭に響いて聞こえてくる音が聞こえるのだ。突然立ち止まり動く気配を見せないにヒナも立ち止まり振り返る。目を泳がし、少し顔色の悪いを見て一瞬だけヒナは不思議そうにするが、直ぐに何かを察したのか目を細めた。


「ヒナさん…、あの…」

「そうね。騒がしい島だけれど、少し騒がし過ぎるかしら」


ヒナは煙草を銜えたまま視線をから外し前方へと向ける。前を向けば焦った表情でこちらへと駆けて来る人が少数ではあるものの居り、微かにしか聞こえなかった悲鳴も耳を澄まさずとも聞こえるようになってきた。こちらへ、向って来ているのだ。逃げ走る人々も目に見えて増え始め、周囲の人々も何だ何だと騒ぎつつも、まるで合せるように逃げて行く。


「どうしたんだよ!何かあったのか!?」

「分からねぇ!けど向こうで海賊共が暴れてるらしい!お前もさっさと此処から避難しとけよ、此処まで来るかも知れねぇ!」


騒ぎの中、聞こえてきた男達の会話。逃げてきた男から状況を聞き、道の隅で座り飲酒していた男は慌てて立ち上がり手に持っていたジョッキを投げ捨てて走り去っていく。ジョッキが落ちた衝撃で甲高い音を立てて割れるが、皆が悲鳴を上げて逃げていくこの状況下では誰も気にする事なく我先にと逃げていく。そんな中、あろうことか皆が逃げてくる方向である騒ぎのある方へと向ってヒナは歩き出した。


「ヒ、ヒナさん!?そっちは危ないです、早くあたし達も逃げないと!!」

「心配無用よ。それにこの騒ぎなら彼も其処に居るでしょうし」

「彼…?」


ヒナはの問いに答えることなく、そのまま高いヒールをカツカツと鳴らして人波を逆らい進んでいく。彼女の両手には大量の紙袋がぶら下がっていて、騒ぎの中心に向って行く姿はあまりにも不釣合いだ。しかし誰一人ヒナの姿に目もくれないのは誰もが必死になって逃げているからだろう。その場で右往左往し、悩みに悩んだ挙句、結局はやや遅れつつもヒナの後を追うように駆け出した。騒ぎの中心に行きたい訳ではない。むしろ逃げてしまいたい気持ちは痛い程にあるのだが、ヒナ一人で危険な場所へ行かせるのはどうしてもには出来なかったのだ。










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