「やっぱ…アイツすっげぇ…」


悲鳴が飛び交う軍艦は、其の甲板で小さな刃を振るうに気を取られるあまり、どんどんルフィ達の乗る船と距離が開いていく。砲撃が無くなった事により、船尾に集まった船員達は、あの男達の中で一人で戦うの姿を見ながらウソップは言葉を漏らした言葉に耳を傾けた。の戦う姿はレース前に酒屋であった乱闘以来だが、あの時とは比にならない身のこなしに口腔内に溜まった唾液を音を鳴らして飲み込む。


「何あの子…。あんな大人数相手にナイフ一本で…!」

「それに確実に腕の筋を切断しているわ。あれじゃ…」

「…うん。治療してもあの海兵達、剣は握れなくなるかもしれない」


ナミも初めて見るの戦闘姿に唖然としていれば、其の隣に佇むロビンは感心する様に顎に手を添えて次々と海兵達が倒れていく軍艦を見つめている。そして全員共通している腕に深く斬り裂かれた傷口を見て視線をチョッパーへと移せば、チョッパーは肯定する様に頷くのだ。医者の目から見ても、あの傷が深いものらしい。


「剣士さんはどう思う?」

「いい太刀筋だ」

「この間も言ってたわね」


小さな笑い声を零しながら、ロビンは仁王立ちでを見つめるゾロに笑いかける。剣の道を絶つ様に確実に筋を斬り裂いていく其の姿は剣士から見れば思う所があったのだろう。ゾロは眉間に皺を寄せながら目を細めた。


「えげつねぇな」

「確かに痛そうよね」

「いや」

「?」


ゾロの零した言葉に反応したナミが顔を歪ませながら言えば、違うと否定するゾロ。首を傾げるナミに、ゾロは組んでいた腕を下ろすと、己の腰に差した刀に肘を掛けた。


「剣士が剣を握れねぇなんて生きる意味がねぇ」

「そういうこと」


納得したようにナミは息を吐けば、視線を再び軍艦へと移す。剣を扱う海兵達は既に甲板に倒れており、残るは銃を構える海兵達と海軍将校のみになっていた。流石に銃相手に刃渡りもそれほどないナイフでは分が悪いのは一目瞭然で、相変わらず口に煙草を銜えたままのサンジは身を乗り出し、軍艦を食い入る様に見つめる。


「おいおい…さすがにアレじゃ蜂の巣になっちまうぜ」

「終わりだな」

「何だとこのクソマリモ!!!」

「やんのかクソコック!!!」


しかし突如始まった御馴染みのゾロとサンジによる喧嘩が始まり、場の空気は一変する。慌てて喧嘩を抑えようと動き出すウソップとチョッパーに取り押さえられながら睨み合う二人だったが、ナミの握り拳により床に沈められたのなら、瞬く間に二人の喧嘩は収まるのだ。


「ちょっと!アレ見て!!」

「アイツ…」

「ナイフを…仕舞った?」


銃撃部隊を前に動き回っていた足を止めると、は徐に血の付いたナイフを一直線に振るい、刃に付着した血を吹き飛ばしたのなら、コートの中に戻したのだ。降参するようにも見える其の姿に思わず見入るナミやウソップとチョッパー。しかしは両手を挙げて降参のポーズを取ることもなく、ただ其処に立っているだけである。


「ちょっとルフィ…」

「大丈夫だ」


助けに行かないのかと、訴えるように向けられたナミの視線に、即答で答えるルフィ。皆の視線がから外れ、ルフィに集まれば、ルフィは自慢げに口角を吊り上げて笑うのだ。


「アイツ、強ぇもん」


刹那、轟く銃撃音。慌てて振り返る船員達が振り返った先にある軍艦では突如一斉に海兵達が倒れ出す。突然の出来事に何があったのかと動揺するナミやウソップとチョッパーに対し、ゾロとルフィはにやりと笑みを浮かべて笑っていた。


「ちょっと!どういう事よ、何でいきなり海兵が…」

「ナミさん、良く見てくれ」

「良く見れって何を…」


紫煙を吐き出しながら、真っ直ぐ視線でを指して言うサンジに、ナミは眉を吊り上げながら今一度の背中を見る。黒いコートを靡かせながら、一歩も動かず其処に佇む姿は先程からまるで変化は無い。状況が理解出来ないでいるナミ達は口を噤み、ただ其処を見つめ続けていた。途端、未だ残っている無傷の海兵達が腹の其処から声を上げて一斉に銃を発砲する。比例する様には高く飛び上がり、宙に飛び出すとコートの下に両手を忍ばせ、本来の獲物を素早く引き抜くのだ。


「あれって!!」

「アイツ、剣士じゃなくて狙撃手だったのか!?」


身を乗り出し、宙を逆さに落下しながらヒップホルスターから散弾銃を引き抜いたは両手に散弾銃を構え、同じく銃を構える海兵達を確実に撃ち抜いて行く。その腕前は説明すら必要もないものだった。


「すっげぇ…すげぇよアイツ!腕が良いってもんじゃねぇ…」


麦藁海賊団の狙撃手であるウソップの、船の縁を掴む手に力が込められる。指先が白くなるまで込められた力は、行き場の無いウソップの感情を表しているかのようだった。


「アイツ…今までずっと隠してやがったのか」


狙撃手を感じさせないナイフ裁き。一度だって銃を引き抜く様子を見せなかったに、誰が本来の獲物がナイフではなく銃であると予測出来ただろうか。高い気温の時でも頑として長いコートを脱ごうとしなかったのは、獲物達を隠す為だったのだと今更ながら気付く。華麗に床に着地をが決めた頃には既に海兵達は床に倒れており、残るは海軍将校一人で、其の背後に立つは散弾銃の銃口を後頭部に押し付けている。圧倒的力の差に海軍将校は為す術もなく降参する様に両手を上げた。



















すっかり遠く、見えなくなった麦藁帽子を被った髑髏を掲げる海賊船が進んでいた海の先を見据え、は小さく息を吐いた。銃口を押し付けられている海軍将校は大人しく両手を上げたまま抵抗する様子を見せはしないものの、此の硬直状態の間にも周囲を囲む様に他の軍艦が集まってきており、すっかり退路を立たれたは再度息を吐き出すのだ。


「…観念しろ。もう逃げ道はない」

「誰が喋って良いって言った?」

「………。」


グイッ、と力を込めて頭部を銃口で押せば、再び口を噤み黙り込む海軍将校。しかし海軍将校の言う通り、麦藁海賊団の船の姿は無く、周囲は海軍の軍艦で囲まれているのだ。他の軍艦にも現在居る軍艦と同じ程度の海兵が乗っているのだろう。確かに逃げ道は無いようなものだった。


「“異世界の雷姫”!最後の警告だ!大人しく銃を降ろせ!!」

「剣を使う奴は後ろに控えろ!相手は銃を使う、狙撃部隊は前に来い!!」


左に付けている軍艦に乗る海兵が銃口をに向けて叫ぶのだが、は海兵を一瞥するだけで警告に従う様子は無い。慌しく剣を片手に持つ海兵達は後ろに下がり、代わりに銃を扱う海兵達がこぞって前へと出てき、銃を構えた。何十もある銃口が、真っ直ぐだけを標的に向けられている。


「人の先入観には驚かされる所があると思わない?」


これだけの数の銃口に囲まれているというのに動揺一つ見せないの態度に驚きを隠せないまま、海軍将校は背後から掛けられた言葉に耳を傾けた。海兵達の構える銃口は真っ直ぐ此方に向けられており、引き金にはいつでも発砲できるよう、皆が指を掛けている。下手をすれば自身も其の弾丸の嵐に巻き添えを食らう可能性があると考えるだけで額には大粒の汗が滲んだ。


「“剣を使っているから剣士だ”“銃を使うから狙撃手だ”その時使う獲物を見て、相手の武器を勝手に想像して予測し決め付ける。正しく此れは愚の骨頂だよ」

「何が言いたい…?」


掠れた声は普段の威厳も無い情けないもので、我ながらこんな娘相手にみっとも無いと呆れてしまう。多額の賞金を賭けられ手配書に載った少女。生きたまま捉えよとの命令故に、向けられている銃口は発砲されても唯の威嚇射撃に終わるのだろうが、つい先程生で見た少女の戦いっぷりは、とてもじゃないが威嚇射撃だけで如何にかなる相手ではないと本能が告げる。


「“こいつはナイフを使う剣士だ”“こいつは銃を使う狙撃手だ”そう思わせる様に仕組んだのは間違いなくあたしだけど、まんまと騙される海軍(お前等)は唯の馬鹿だね」


海軍将校の背後では笑い声を上げた。小さな小さな声で聞き取りづらい程のものだったが、其の声は確かに笑っていて、馬鹿にしたように見下した、嘲笑うようなものだった。


「能ある鷹は爪を隠す…ってよく言ったものだよ」


其れが、バラバラだったパズルに最後のピースが嵌った瞬間である。


「逃げろお前等!!!」


目をカッと見開き、大きく口を開いて周囲を取り囲む様に海を進む軍艦に吠える。海軍将校は上げていた両手を降ろし、部下達に撤退の指示を叫んだならば、己の身など気にもせぬような素振りで勢い良くに振り返り、その際に強く拳を握る。しかし、全てはもう遅かった。


「“ 我儘な癇癪 <<  アウト・リリース  >> ”」


愛しい我が子の名を囁くように、優しく紡がれた声とは裏腹に、海軍将校が見たものは不気味な笑みを浮かべて笑う少女だった。瞳孔が開き、血走った瞳に恐怖を滲ませる中年の男の姿が映る。刹那、今の今まで抑え込まれ、歯止めが効かなくなったかの様に溢れるようにして青い稲妻がの身体だから飛び出した。飲み込むように海軍将校や、横付けしている軍艦までもが稲妻の中に消える。一瞬にして目の前が真っ白になり、痛覚すら分からなくなる程の衝撃。光りが消えた頃には周囲は黒く漕げ、誰も立っては居なかった。たった一人無傷の少女だけを残して。


「あ…くま、の…み……」

「一番至近距離で浴びたのにタフだね」


ぐらりと揺らいだ視界、視線は一気に下降し、身体が床に叩き付けられる衝撃に一瞬目を瞑る。己の身体からは灰色の煙が上がっており、ぼんやりと雷で焼かれたのだと理解した。コツン、そんな音を立てて目の前にブーツの爪先が映る。見上げる事すら出来る力も残っていない身体だが、直ぐにこの爪先の持ち主が誰なのかは簡単に予測出来た。


「船が無いから、とりあえずこの軍艦は貰ってく」


近くで爆発音が響き、生暖かい空気が火傷を負った全身にヒリヒリとした痛みを感じさせる。視界の端では赤い光りが映り、今の雷で軍艦に火が付いたらしかった。は海軍将校の首根っこを掴むと引き摺るようにして甲板の上を引っ張り歩く。その中で見えたものは倒れたまま身動き一つしない絶命したと思われる部下達の黒く漕げた身体、取り囲むように横付けしていた他の軍艦からは燃える赤い炎と、黒い煙が上がっていた。地獄絵図だとさえ、思った。


「この…あくま、が…!」


搾り出した声は掠れ、憎悪の篭った瞳で煙で黒く濁った空をバックにを見上げ睨みつける。しかし、はというと怯む所か、可笑しそうに一度鼻で笑うと、蔑んだ瞳で瀕死状態の海軍将校を見下ろした。


「あたしが悪魔だって言うんなら…あたしを悪魔にさせたのは“ 海軍と海賊 <<  あんた達  >> ”でしょ」


は床に落とすようにして海軍将校を転がすと、受身も取れず倒れた其の身体の脇腹を右足で蹴り上げた。軽く飛んだ黒く焼けた身体は、その反動で宙に投げ出される。目を見開いた海軍将校の瞳と、憎しみに染まったの漆黒の瞳が交差した。


「―――――!」


其の身を黒く焦がした海軍将校は声に成らない声を上げ、吸い込まれるように海へと落ち、水飛沫を上げて沈む。溺れると理解していても、身体が動かなければ溺死を待つだけだ。は踵を返し、操船を行う為、ブリッジへと向かって歩を進める。黒い煙を上げ、火花を散らし、海に沈んでいく軍艦の中を、一隻の軍艦が静かに横切って遠く、遠く海を進んでいった。










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