深夜、男達が寝静まった頃、は行動を起こしていた。日中に樽ごと買い漁った酒を飲んで飲んで飲んでいた男達の眠りは深く、そう簡単には目覚める事は無い。雑魚寝する男達を踏まない様に気を付けながら忍び足で歩けば、白い毛皮の彼がむにゃりと寝言を零した。


「メスクマ、さん…」


相変わらず穏やかな夢を見ているらしい。幸せそうな表情で寝返りを打ったベポを背後に見届け、はそっと部屋を抜け出した。

















空は真っ暗な闇で覆われ、小さな明かりがポツポツと輝く。月は満月だった。人気の無い路地を駆け抜け、隠す様に岩陰に碇泊させた潜水艇に忍び込む。足音立てずに甲板を駆け抜け、しらみつぶしに船室の扉を開けては中を物色した。目当ての物を見つけたのは最初から数えて6つ目の入った部屋の中、壁に立て掛ける様に置かれた散弾銃二丁と、机の上に無造作に置かれていた自動拳銃と回転式拳銃のグレイマンを手早く引っ掴み、最後にダガーナイフを掴んで部屋を飛び出す。息を殺しながら廊下を駆け、各ホルスターに銃を仕舞う。宿にはカジノで稼いだ金銭と、購入したまま値札も取っていない衣服が残されているが、其れ等は最初から置き去りにしていく予定だったので今更未練は無い。潜水艇の隣に、ひっそりと用意していた小舟に乗り込めば、後はもう島を離れれば終いだ。これまでの計画、流れに落ち度は一つだって無い。しかし、上手くいかない事もあるのだ。


「何処に行く」


甲板に出た所で、仁王立ちで立ちはだかる男には素早く太腿に下げていた自動拳銃を引き抜き構えた。しかし男は悠々とした態度で鞘から刀を抜く事も無く佇んでいる。


「其処を退いて」

「退く筋合いはねぇな。此の船は俺のモノだ。俺が此の船の上、何処に居ようがお前には関係ねぇ」


にやりと口元を吊り上げて不気味に笑う男は、目の下にくっきりと浮かんだ隈の所為もあって不気味さに磨きがかかる。引き金に指を掛けながら、は顔を歪めて舌打ちを一つ零した。よりにもよって、一番嫌な男に見付かるとは。


「此の船からは何も盗んで無い。ただ、あたしの所持品を返して貰っただけ。宿にある有り金は全部あげる、ただ其処を退いてくれれば良い。悪い話じゃ無い筈だけど」

「有り金なんかには興味はねぇ」

「なら尚更、」

「俺が用があるのはお前だ」


ローが何故、断固として道を塞ぐのかには全く理解出来ずにいた。引き金に掛けた指は其の儘に、気は一切抜かずに銃口をローの心臓へと狙ったまま離さない。


「“異世界の雷姫”」

「…それが何?」

「俺は御伽噺も迷信にも興味はねぇ。そんな作り物の話は信じねぇタチだ。だが、お前に付いた異名には些か興味はある」


構えた銃は変わらずローの急所を捉えているのに、ローは至って態度を改めようとはせず、言葉を繋ぐ。訝しみながらも大人しく聞いていたではあったが、次の言葉に表情は一瞬にして崩れさるのだ。


「お前、“何処から来た”?」


目を見開き、はローを凝視した。ローは表情一つ変えずを見据えており、まるでの一瞬の変化すら見落とさぬとでもいう様に向けられた目は注意深い。心音が一気に大きくなり、胸にざわつく。嫌な、予感がした。


「生死問わずで発行されるのが一般的な手配書に、生きたままと限定された手配書…それも多額な賞金付きだ。噂じゃゴミ捨て島に現れたのが最初の目撃情報らしいな」

「………。」

「可笑しいとは思わねぇか?何でもかんでも日常茶飯事にゴミが捨てられていく島だ、いつ何が捨てられようと可笑しくはねぇが…」

「…何が言いたい?」


絞り出した声は僅かに掠れ、ローは笑みを深めた。求めていた反応がそのまま返ってきたかの様に、満足気な其の表情がに焦燥を与える。


「お前、“元の世界”に捨てられたんだろ」


喉が詰まり、胸が握り潰され、一瞬呼吸を忘れ、は血が滲まんばかりに下唇を噛んだ。此れ以上、ローに口を開かせるのは得策では無いと脳がサイレンを鳴らし、じわじわと湧き起こる激昂を何とか抑え付け、口を開くが、感情はそう簡単に抑える事は出来ない。


「あたしは…捨てられたんじゃない!!」

「“元の世界”は否定しないんだな」


腹の底から出た否定は、ローによって簡単に笑い飛ばされ散る。最後の糸がプツリと切れ、何とか繋がっていた理性は吹っ飛びは引き金を引いた。弾丸は瞬時に放たれるも、怒り任せに放った弾丸はローの身体を掠める事も無く避けられる。


「“異世界の雷姫”の“異世界”とは…正しく其の言葉通りを意味する。そうだな」


続いて二発目、三発目と止めどなくはローの急所を狙って発砲する。其れを瞬時に鞘から引き抜いた刀の刀身で弾き返しながら、ローとは一定の距離を保って睨み合った。


「天竜人が欲しがりそうな物件だ」

「…うるさい…」

「天竜人が欲しがるとなれば、海軍も黙っちゃいねぇか」

「…うるさい!!」

「今も血眼でお前を探しているんだろうな。天竜人に差し出す為に」

「黙れ!!!」


脳を目掛けて発砲し、瞬時にもう片方の太腿に下げていた自動拳銃を引き抜いて弾丸を放つ。両手に持った銃でローの急所を一寸狂わず狙い撃ちながら、間合いを詰めれば、ローは回避するように刀を一振りして弾丸を真っ二つに両断すると後方へと飛び退く。弾切れになった銃をホルスターに戻しながら、未だ弾丸の残った自動拳銃で発砲を続けながら瞬時に散弾銃へと手を伸ばすと、ローは右手を翳す。


「“ROOM”」


周囲を囲む様に生まれる円形のサークル。不味いとが悟り、飛び退こうとした時には全てが遅かった。


「“シャンブルズ”!!」

「しまっ…!!」


刹那、足首に掛かる軽い重みに全身の力が抜けて膝から床へと落ちる。カラリと銃が甲板へと落ちて転がれば、は己の両足首へと視線を向け、其処にあるものに表情を歪にさせるのだ。暫く見ていなかった、すっかり見慣れた海楼石の枷がの両足を拘束していたのである。


「能力者相手に銃だけで張り合おうとしたお前の負けだ」


鼻先に突きつけられた刀の切っ先に喉を引き攣らせる。ローを見上げて殺気の篭った瞳で睨み付けるも、数々の死線を潜り抜けて此処まで来た海賊船の船長は、全く動じる様子は無かった。


「お前には利用価値がある。暫く航海に付き合って貰うぞ」


刀を鞘へと戻し、ローは踵を返してへと背を向ける。今なら容易に心臓も脳も撃ち抜けると言うのに、続いて両手首に出現した足首の枷と同じく海楼石の枷の所為で銃を握る事すらままならない。屈辱的な己の無様さに、は為す術なく項垂れる事しか出来なかった。


「くそっ…!!」


吐き出した暴言も情けなく、ローが能力を一度使えば視界に広がる光景は一変し、潮の匂いは木の香りへと変わって、冷たい甲板の床は茶色い木目が目立つ床へと変貌する。周囲には雑魚寝する船員達に溢れ、端には変わらず穏やか寝顔を見せるベポの姿があった。折角取り戻した武器一式の姿は無く、代わりにカジノで得た戦利品と未開封のショッピング袋が転がっている。ローの姿は無い。明かりのない寝息といびきに充満した部屋の中、は己の無力さに声を殺して蹲った。



















翌朝、欠伸を噛み殺しながら目を覚ました船員達は部屋の隅で目を虚ろに身を縮こまらせて座るの姿に驚愕する。眠る瞬間迄、最後に残った記憶ではの手足には枷など無かったからだ。何があったのかと船員達が問い詰めるも、はやけに迫力のある睨みを返してくるだけで船員達は深く追求出来ずにの枷の件については次第に触れる事は無くなっていた。其れから暫くは、過去同様にの監禁生活が始まる。宿の一番端の部屋をあてがわれたは、部屋から一歩として外へと出される事は無く、部屋の前にはローの指示によって交代制で船員が見張りについていた。トイレは部屋に備え付けられたものがあったのだが、風呂は大浴場しか無い。けれど、ローは入浴すら許可を出さずに部屋にを閉じ込め続けた。数日経ち、船の修理も終えて出航の日。其の日は何時にも無く穏やかな波で燦々と太陽が輝き、数羽のカモメがスカイブルーの空を気持ち良さそうに鳴きながら羽ばたいていた。ローが背後に着き、退路を断たれた状態で、は海楼石の枷の効果で身体の怠さを感じながら、憂鬱な気持ちで久方ぶりの潜水艇へと乗り込む。


「入れ」


背中から掛けられる有無を言わさぬ言葉。廊下を突き当りまで進み、左手に見える扉を指してローはの背中を刀の柄で小突く。肩越しに殺気だった目でローを睨むが、全くもって意味をなさない事は承知の上だ。


「お前の新しい部屋だ」


いそいそと扉を開け、を部屋の中へと誘導した船員が壁側に寄って道を開ける。室内のど真ん中に大きく鎮座するそれは、太く頑丈そうなコードやホースが張り巡らされ、ライトはチカチカと点滅し、機械音を鳴らして熱を放った。其の中央には人一人入れるくらいの大きな鳥篭の様な円錐型をした囲いの牢があり、中に無造作に転がっていた鎖で繋がれた枷が、嫌な予感を臭わせた。


「悪いな、ゴロちゃん」

「手荒な真似は俺達だってしたくねぇんだ」


腕を掴んだ船員に、渾身の力で身を捩って其の手を振り払う。海賊の手等、触れたくも無い、触れられたくも無い。其れならば自分の足で自ら檻の中へと進む事をは選ぶのだ。しっかりとした足取りで自ら鳥篭の中へと足を踏み入れれば、申し訳無さそうに眉を下げて船員達が海楼石の枷の上から鎖で繋がった枷をの両手、両足へと留め、拘束が済めば今迄付けていた海楼石の枷を外してやる。刹那、軽くなった身体に一気に雷を走らせるのだが、其れは静電気程度にしか発生せずは目を細めた。


「その枷も鎖も、檻も金属製だ。但し、電気を良く通すが、電熱じゃ熔解も変形も出来ねぇ優れものだ」


今一度、放電する。此の船を丸ごと飲み込んで沈めんばかりの電力を練り、一気に放出する。しかし、雷は発生しはするものの思った通りには放たれず、枷を通して鎖で伝わり、の背後で鎮座する巨大なエンジンへと注がれるのだ。ご馳走様、とでも言うようにエンジンは白い煙を上げてギアを回して音を鳴らせる其れに、の脳に一つの仮説が浮かぶ。


「今回の船の修理、ついでに色々と作り直した部分がある。以前から見て一番の変化はエンジンだ」


手に掛けられた枷を睨みつけ、電力を最大まで引き上げて放電。しかし枷はビクともせず、静電気程度の光が走るだけで、はローを忌々しく睨んだ。熔解も変形も出来ない鉄など、一体何処で仕入れてきたのか。ローは床を刀で一度突き、腕を組み直し檻の中で立ち尽くすを見る。


「これだけの船じゃ意外と燃料費は馬鹿になんねぇ。出来るだけ風で海面を進むようにはしているが、そうも行かねぇ時もあるもんだ。其処で、お前だ」


真っ直ぐ鋭い視線で射抜かれ、は静かに息を吸い込み、やがて吐き出す。其処まで丁寧にも説明され、此の状況を分析すれば、容易に其の答えには行き着く。


「言っただろ。お前には利用価値がある。暫く航海に付き合って貰うぞ」


檻の鉄格子を握り、びくともしない頑丈な柵を強く強く、握った。電気をエネルギーとして稼動させる機械は数多く、前の世界では自動車でさえ充電式のものが未だ少ないものの発売されていたのだ。此の世界にも、そういった発想があっても可笑しくは無い。


「ゴロゴロの実で発生した電気は、其の枷を通り鎖を伝って後ろのエンジンへと流れる。蓄積された電力は此の船の動力として活用され、燃料費は一切掛からないという訳だ」


安易に檻の中に入るべきでは無かった。雷を全吸収する鉄は、もう力技で破壊するしか道は無く、同時にの細腕には鉄の枷を力技で破損させる様な腕力は無い。


「其れにお前の尋常じゃないギャンブル運があれば、わざわざ奪わなくとも資金に困る事もまあ無いだろう」


にやりと笑みを浮かべて笑うローが忌々しい。此れが物語の登場人物であったのなら、間違いなく彼は悪役だ。部屋を後にしようと背を向けたローの背中に、今出来る唯一の威勢を張る。


「いつかその喉元ぶち抜いてやる」


必ず、此の手で。そう誓って歯を食いしばる。するとローは僅かに薄っぺらく笑みを零すと、今度こそ振り返る事無く部屋を出て行くのだ。


「やれるもんなら、やってみろ」










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